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メリーゴーラウンドデイズ 13

 サクラが宿題を広げると、キョウカは本を広げて読み始めた。午後の日差しの下で、静かに頁を繰る儚げな少女。絵面は完璧だ。


「ねえ、何読んでるの?」

「小説です。お休みに入る前に借りていた分を片付けてしまおうかと」

「へえ、どんなお話?面白い?」

「少しは宿題に集中したらどうです?」


 取り付く島もない態度を気にせず絡んでいると、キョウカは諦めたように本を閉じた。私は誰かと一緒に勉強した方が効率がいいタイプなんだ。せっかくだし付き合ってもらおう。

 アヤメはいつも丁寧に教えてくれるけど、キョウカはものすごく簡潔に、ヒントを一言か答えを言うだけだ。それで分かるなら良し、分からないならもう少し補足する。突き放しているようで、わりとサクラの反応を見ながら考えてくれているのが分かる。やっているうちに楽しくなってきて、気付けば空の色がくすみ始める時間になっていた。

 キョウカが食堂のカウンターの方に行ったと思ったら、お汁粉を二つお盆に載せて帰ってきた。おばちゃん達のおやつを目ざとく見つけて貰ってきたらしい。朝からお餅とお餅とお餅で被りまくりだが美味しいから良しとしよう。お箸を手に取ると、キョウカが真面目な表情で口を開いた。


「一つだけ、念を押しておきます。絶対に思い付きで余計なことはしないでくださいね」

「うん」

「…絶対に、余計なことは、しないで、くださいね」

「分かったって」


 言われるだけのことをしてしまった自覚があるだけに言い返せない。少し紫がかった漉し餡の中を探ると、お昼にも見たお餅が出てきた。お雑煮の時とは違って軽く焼き目が付いている。少し齧ると、小豆の香りが口に広がった。甘さ控えめの優しい味だ。ここの食堂は外れがない。一生住みたいくらいだ。


「今、ずっとここに住みたいとか考えたでしょう」


 何で即バレるんだ。ゲーム通りなら心を読めるんだっけか。


「何かの能力が無くても、あなたの考えていることなど分かりますよ。本当にバカ正直というか素直というか」

「うん、一応褒め言葉として受け取っとく」

「問題はそこではなく。あなたの願いには力があるのを忘れないでください」

「えっと?」

「あなたには、願いを叶える力があるんです。世界を書き換え、時間を捻じ曲げるほどの力が」


 迂闊にこうだったらいいな、と考えることすら危ういのか。何か考えたらそれが実現してしまうのなら、まともに生活できない。


「え、考えるだけでもダメ?」

「発動条件がはっきりしないので断言はできませんが、杖を出すのが引き金にはなっていると思います。日常生活で突然あなたの欲望が暴走したりはしないでしょうね」

「んーと、戦闘中は注意しなきゃいけないってことか」

「あくまでもあの一回だけの事例から推測した可能性です。あなたが強く願えば、何が起きるか分かりません。感情を乱さないようにしてください」

「うーん、難しいね」


 少し薄めのお汁粉をくぴっと飲み込む。サクラの杖に元々そんな能力はない。何がどうなっているのか試してみたい気もするけど、そうもいかないか。


「何かする時には必ず私にも話してください。絶対に独断で手を出さないように」

「分かったってば。お母さんか」

「常にこんな注意をしなければならなかったのなら、あなたのお母様に同情しますね」

「あのね…」


 反論しかけて、キョウカの、というかその元になった少女の話を思い出した。あの話通りなら、彼女は親に捨てられたとも言える。母親とか、家族についてどう思っているんだろう。


「どうしました?」

「あー、いやあの、キョウカはどうしたいのかなって。なんだかんだうまくいって、四月に無事二年生になれたとしてさ。キョウカはどうなるの?」

「それはまあ、そのまま二年生になりますね。アカメデイアの生徒なのは変わりません」

「それは、キョウカの願い?」

「また何か余計なことを考えてますね」


 お椀を口に運びながら、キョウカがじとっとした視線を向けてくる。でも、これは大事なことだと思う。


「さっきさ、サクラはだいたい幸せって言ったでしょ。それって、皆が幸せならって意味で。サクラはきっと、自分の周りの誰かが嫌な思いをしてるのに自分さえ良ければいいやって考え方はできないと思う。だから、キョウカがどう思うかってのも知っておきたい」

「中々強欲な考え方ですね。嫌いではありませんが」


 キョウカの視線が、傾く日差しに照らされた校舎に向く。厨房で食器を片付ける音が響く中、しばらくお互いに無言で向かい合った。


「前にお伝えした通りです。私はもう少しここで、皆さんと生活してみたいと思っています」

「そっか」

「ただ…いえ、まあ良いでしょう」

「何?気になるんだけど」

「いえ、大したことではないので」

「えー、何よ」


 キョウカの眉間にぎゅっと皺が寄る。不機嫌そうだけど、そうでもないような。何とも微妙な表情だ。サクラがじっと答えを待っていると、諦めたように口を開いた。


「…『皆さん』の中に、あなたも居たら良いなと少し思ったというだけです」

「え?うん、ありがと?」

「私はもう行きますね。宿題、後は一人でやってください」


 答えを待たずに、キョウカはさっと立ち上がってしまった。本とお汁粉のお椀を手に去っていく背中を見送る。

 んーと、今のはつまりサクラではなく私と一緒に居たいという意味?そうだよね?え、何?いきなり可愛いこと言い出しちゃってどうしたの?ツンデレさん?どうしよう嬉しいんだけど。

 一人残された食堂でひとしきりテンションを上げた後、ふと冷静になった。キョウカの言葉、つまりあれは、私とサクラを別々にしてこの世界に存在させることもできる、ってこと?いやそんなことできるわけ…ある、のか?

 突然降って湧いた可能性に、宿題なんて手に付くわけもなく。キョウカを追いかけようとも思ったが、既に食堂からは消えている。私は悶々とお汁粉を啜ることしかできなかった。

ここまででいったん休止します。

サクラと私が並立する可能性、アクセプタントそれぞれの思惑が絡み合う続きは縁あればまた書きたいと思っています。よろしくお願いいたします。

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