メリーゴーラウンドデイズ 12
「あなたでも一応気に病むことがあるんですね。安心しました」
「どういう意味よ」
言い返す声が少し震える。私はサクラじゃない。それは分かっていたけれど、こうして突きつけられるとやっぱりキツい。つまみかけていた人参を口に運ぶ。柔らかくなりすぎたオレンジの塊は、口の中でボロボロ崩れた。
「前にあなたの部屋で話したこと、覚えてます?」
「えっと…」
「あの時、あなたは言ってましたね。『私はサクラだよ』って。ずいぶん図太い女もいたものだと呆れましたが」
「ケンカ売ってる?」
「そう言い切れるのが羨ましいとも思いました。私は、自分をキョウカであると言い切る自信はありませんから」
ふっと笑うキョウカの表情が優しくて、思わずドキッとした。これは、慰めてくれてる?そういえばあの時鏡に映っていたのはスウェット姿の私だ。サクラを映し出しているのは、彼女がそう認めているという証でもあるのだろうか。
「キョウカはキョウカでしょ」
「ありがとうございます。そう言い切れる考えの浅さが大好きですよ」
訂正。やっぱり舐め腐ってるコイツ。澄ました顔でほうじ茶を啜るキョウカを睨み付けるが、何一つ効いてなさそうだ。くそう。
「こうでもしないと、あなたは現状を理解できなさそうですから。まず、あなたの幸せとサクラの幸せは異なります。違う人なんですから、これは当然ですね」
「うん」
お餅を引き上げて一口齧る。焼き目を付けたお餅もいいけど、搗き立てお餅もこれはこれで。出汁の味がよく合う。
「その上で、サクラが幸せな世界というのを考えてください。あなたが知っているゲームの中のサクラではなく、この世界で生きてきたサクラの幸せを」
「んー、難しいね」
「サクラ自身が願えば話が早いのですが、残念ながら彼女に話を聞くことはできませんしね」
「そうだ、サクラがこの体の中にいる、ってどういうこと?何か気を付けなきゃいけないこととかある?」
「中にいる、というか…。あなたに理解できるように説明できる自信がないのでそのように表現したまでです」
「うん…?」
ほんのりバカにされてるのは分かった。デキの悪い生徒なのは身に沁みているので怒りはしないけど。
「今のサクラは可能性です。非常に不安定で、曖昧な状態のサクラが肉体によって仮の座標を与えられていて…ああ、理解しようとしなくていいです。大人しくお雑煮食べててください」
言われなくても食べるけどさ。他の皆はそれなりに分かってそうだったのに私だけお手上げっていうのはどうなんだ。
「その仮の座標を確定させるためにサクラの幸せについて定義する必要がある、というところだけ知っていおけば十分ですよ。あなたは余計なことは考えず、言われたことを確実に果たしてくださいね」
「はぁい」
結局話が振り出しに戻っている気がするけど、まあいいか。もつれた世界線を正すために戦うなんてちょっとヒーローっぽくてかっこいいかも。
「まあ今すぐ慌てて何かをしなければいけない、というわけではありません。私は最善の方法を探してみますので、あなたもできることをしていてください」
「できること、って何?」
「そうですね、とりあえずは宿題をやっておいた方がいいのでは?」
「え?」
「あなたのことですし、どうせ大して手をつけていないんでしょう?冬休みの宿題、終わりました?」
あー…。そんなのもあったね。確かにほとんど終わってないけど、年末は色々気が気じゃなくてそれどころじゃなかったというか。
「えーと、アヤメが手伝ってくれる…」
「実家に帰ってしまいましたね」
「キョウカ…」
「手伝いませんよ。下手に手を出すとアヤメが面倒です」
「で、でも、キョウカが色々ちょっかい出してきたからやる暇無かったわけで」
「もう邪魔しませんからごゆっくりどうぞ」
「助けてよぉ」
情けない声を出すと、キョウカの眉間の皺が深くなった。でもここで引いちゃいけない。この世界では、解答をググって終わりとかできないんだ。うるうるした瞳で見つめていると、ものすごーく嫌そうに水色の頭が縦に揺れた。
「基本的には自分でやってくださいね。どうしても分からなければ聞いてください」
「うん。ありがと」
上機嫌でお雑煮の残りをやっつけ始めるサクラを見て、キョウカが諦めたように小さく呟く。
「まあ、この状態を続けていたいという気持ちも分からなくはないですよ」
「うん?」
「何でもありません。このまま食堂でやりますか?」
「うん。すぐ持ってくるね」
少し冷めた汁をぐいっと飲み干す。お腹が温まると、気持ちも落ち着いた。我ながら単純だと思うが、くよくよしているよりはいいだろう。
待っててね、サクラ。ちょっと延びちゃったけど、この体はちゃんと返すから。




