メリーゴーラウンドデイズ 11
人もまばらな食堂は、昼時なのにいつもの活気を感じなかった。粉を打ったお餅の並ぶトレーと寸胴鍋が置いてあって、蓋を開けると澄んだ汁のお雑煮が入っていた。どうやらセルフで好きに食べてくれ、という感じらしい。丼にお餅を一個入れて、温かい汁を注ぐ。ふわりとお醤油と昆布出汁の香りがして、薄茶の中にお花に切った橙色の人参と緑の小松菜が彩りを添えている。鶏肉も美味しそうだ。部室であれだけお餅を食べていたというのに、お腹が小さく鳴った。
窓際の明るい席に見慣れた水色の頭を見つけた。向こうも気付いているようで、ちらりとこっちを見る。向かいに座って箸を取ると、ほうじ茶で手を温めながらキョウカが口を開いた。
「遅かったですね。サカキ先輩はもう行ってしまいましたよ。新しい風に用があるとかで」
「うん?そっか」
「アヤメは無事に出発しましたか?」
「うん。無事…かどうかはともかく」
「手でも出されましたか?」
「何でよ」
汁が染みて柔らかくなった小松菜を口に含むと、強めの出汁の風味が口に広がった。そうそう、アカメデイアの味だ。すごく久し振り。サクラの体にとっては二日振り?だけど。
「食べながらで構いませんので、少し補足を。部室での話は理解できていなかったようですし」
「んむ」
少し煮過ぎたくらいの鶏肉もこれはこれで美味しい。落ち着く味だ。
「あなたがしでかしたことは、可能性の収束です。…ええと、未来にはいろんな可能性があるというのは分かりますね。たとえば、この食堂にはたくさん席があって、食堂に入ってきたあなたにはどの席に座る未来もあった。その中で、あなたは私の前の席に座るという未来を選んだ」
「うん」
「時間というのは、そういった可能性の選択の連続です。…要は同時に二つの席には座ることはできず、他の席に座ったらどうだったかという可能性は消えてしまう、ということです」
キョウカも私の表情を読むのがうまくなったと思う。ちょっとついていけなくなると、色々と言い換えて説明してくれる。それでも理解できているかは怪しいけど。
「あなたの願いは、修復が終わりかけていた世界の未来の可能性を保留して…サクラにとってあり得る全ての未来の中で、最も幸せなものは何かが確定するまで、時間が進まないようになってしまっています」
「あー、なんか分かったかも。世界線か」
「はい?」
アニメとかでちょくちょく見るやつだ。ヒロインが不幸になる運命を回避するために、主人公が時間をループし続けるみたいな。ああだから四月で時間がループするのか。なるほど。
「世界線が何かは分かりませんが、今の状況をあなたなりに理解できたのなら良しとしましょう」
「なんかすっごくバカにしてない?」
「どのように受け取っていただいても構いませんよ。それで、どうしたらいいのかは分かりましたか?」
「んーと、サクラを幸せにする?」
「…そうですね。具体的には?」
「うーん、サクラってだいたい幸せなんでは?」
私の知るサクラは、皆が幸せなら私も幸せってタイプだ。『百花乱舞』のストーリーでも、色々と凹むことはあっても最終的には皆と何かを成し遂げたことを喜んでいるパターンが多かった。
「だいたい幸せ、ですか」
キョウカがほうじ茶を置いて、サクラの目を見た。アクアマリンの瞳が底知れぬ冷たさを湛えているようで、思わず背筋が伸びる。
「あなたは、サクラが四月に何をしていたか知っていますか?」
「何をって、入学式があって…」
入学式があって、アヤメと出会って。それから…それから?どうやって話しかけた?どっちから声をかけた?いつから一緒に勉強するようになった?
「あなたはゲームというものでこの世界のことを知っていると言っていました。その中で、サクラは家族とどう過ごしていましたか?」
サクラの家族はストーリーとほとんど絡んでいなかったため、描写が少なかった。アヤメのストーリーと絡めて、家族仲が良いと言及されていたくらいだ。
「えっと…」
「あなたにも理解しやすいように、はっきり言ってしまいますね。あなたは、サクラのことをまるで分かっていません。彼女がどう生まれ、どう生きて、何を考えるようになったのか。その過程を全て飛ばして、アカメデイアでアクセプタントとして生きるサクラという一側面だけを模倣している、抜け殻のようなものです」
何も考えていなければ、サクラとしての行動が自然に出る。アクセプタントの皆も、私をサクラとして受け止めてくれている。それでいいと思っていた。サクラとして生きているのだと思っていた。
キョウカがいつの間にか鏡を胸の前に構えている。そこには、制服を着たサクラが映っていた。鏡の中のサクラは静かに微笑んでいる。今の私は、どんな顔をしているだろうか。本当に、サクラの姿をしているんだろうか。
穏やかで暖かい食堂の床が、さらさらと崩れ落ちていくようだ。大きな砂時計の中にいるみたいだなと、頭のどこかがぼんやり考えていた。




