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メリーゴーラウンドデイズ 10

 廊下に出ると、ひんやりした空気に震え上がった。元旦から部室を使っている物好きは私達くらいしか居ないようだ。いつもなら聞こえる他の生徒の声がしないと、なんだか知らない場所みたいだ。


「さて、僕はこのまま駅に向かうよ。さすがに夜までには家に着かないと怒られるじゃ済まないだろうし」

「私も行かないと。後はよろしく」


 ナズナとカズラは部室棟を出るとそのまま寮に荷物を取りに行った。カンナとマユミも片付けがあるとかで付いていく。


「アヤメは?今日帰るんだよね?」

「うん…」


 アヤメがぎゅっと指を絡めてくる。紫水晶のような瞳が躊躇いがちに揺れている。色々あって心配なのは分かるが、ゲームの設定通りならアヤメの家も色々と複雑なはずだ。帰らないわけにはいかないだろう。


「私なら大丈夫だよ。いなくなったりしないから」

「うん…」


 どうにも煮え切らない態度に、キョウカがわざとらしく溜め息を吐いた。


「少なくとも、ここ数日はエクストラの出現はありませんよ。私も何もしないと誓いましょうか?」

「それが一番信用ならない」

「本当に面倒な…。好きにしてください。私は食堂に行きますので、後は任せましたよ。サクラ」


 そう言い残すと、キョウカはぷいっと行ってしまった。そういえばそろそろお昼か。さっきまでお餅を食べていたので、あんまり空腹感がない。サカキもキョウカに付いて食堂に向かうようだ。アヤメと二人、部室棟の前に取り残された形になった。


「とりあえず、行こうか。一度部屋には戻るでしょ?」

「うん」


 昼の日差しが穏やかで、部室棟の中よりも暖かい。霜柱が溶けてぬかるんだ所を避けながら、ゆっくり寮に向かう。アヤメは相変わらず自然にサクラの歩幅に合わせてくれている。サクラの幸せを考える時に、間違いなく外せない存在がアヤメだろう。同じ一年生でクラスも一緒。アクセプタントになったのも同じタイミング。今もこうして当たり前に隣にいる。私が初めてサクラになった時も、最初に会ったのはアヤメだった。

 寮に戻ると、まだ何も準備していないと言うアヤメに付いて彼女の部屋に行った。年末に私がやらかしてからずっとサクラに付いていてくれたんだから、帰省の準備どころじゃなかっただろう。せめて何か手伝いたい。


「準備って言っても、それほど持ち物があるわけじゃないんだ。実家にも着替えがあるし、必要なものは揃っているしね」


 アヤメが小さなバッグに手帳と文庫本を詰めていく。よく整頓された部屋は、改めて片付ける必要もない。後は制服を着替えればいつでも出発できそうだ。ふと気付くと、アヤメが少し困ったような、潤んだ瞳でサクラを見ていた。


「あ、ごめん。着替えるよね?」

「サクラ」


 部屋を出ようとしたら腕を掴まれて、そのまま抱き寄せられた。背の高いアヤメの肩に顔を埋める形になって、視界が遮られる。脈打つ鼓動が肌越しに伝わってきた。


「アヤメ?」

「その…試して、みる?」

「ん?」

「その…さっきの、その」

「何?」


もぞもぞ動いて見上げると、真っ赤になった顔が目の前にあった。唇がぱくぱく動いてお魚みたいになっている。


「えっと、その…キ、ス、とか?」

「え?」


 やっと絞り出された言葉にぽかんとしてしまったが、これはアレか。さっきのキョウカのせいか。真に受けちゃったんだ。


「ああ、さっきの?キョウカも変なこと言うよね」

「え、あ、うん。変なこと、変なこと、ね。そうだよね」


 深紫の瞳からすうっと光が消えていく。力の弱まった腕から抜け出して、にっこり表情を作る。


「ほら、早く着替えないと。汽車の時間あるんでしょ?」

「ウン。ソウダネ」


 棒読みみたいに口にして、アヤメが制服を脱ぎ出した。着替えを見ているのも悪いかなと思ったが、部屋を出るタイミングを逃してしまった。何も考えていない感じで手前の服を取って着ていくアヤメに、なんとなく聞いてみる。


「アヤメはさ、どう思う?」

「何が?」

「サクラの幸せ。アヤメとキスしたら、サクラは幸せで目が覚めると思う?」

「は?」


 アヤメの動きが止まり、腰まで引き上げられていたロングスカートがばさりと床に落ちた。こんな間の抜けた表情のアヤメって初めて見るかも。ある意味レアだ。


「さっきサクラはサクラだって言ってくれて嬉しかった。アヤメのことは大切だし、大好きだよ。だから、それでサクラが目覚めるならそれもいいなって」

「う…あ…うん。うん?」

「どうする?試して…みる?」

「──あ、ッ」


 一歩を踏み出そうとしたアヤメの足にスカートが絡まり、どてんとコケた。サクラも助けようと中途半端に手を差し出した姿勢のまま固まってしまう。どうしよう、これ。大丈夫?って心配されるのも居た堪れないやつだ。

 むくりと起き上がったアヤメが、俯いたままスカートを引き上げ、留める。コートとバッグを手に取ると、そそくさとドアを開けて出て行こうとした。


「あ、送って…」

「大丈夫…私は大丈夫。きっと」


 ちょっと虚ろな目でそう呟くと、アヤメはサクラの見送りを断ってふらふら出かけていった。一応玄関のところまではなんとなく付いていったが、最後まで目を合わせてはくれなかった。うんまあ、恥ずかしいよね…。ごめん、変なこと言って。

 一人になると、急に寒さが増したような気がしてぶるっと震えが走る。とりあえず、食堂に行こうか。お腹は空いてないけど、何か温かいものは口にしたい。見上げた空は、相変わらず能天気なほどに晴れていた。

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