メリーゴーラウンドデイズ 6
部室には一年生以外は揃っていた。赤く燃えるストーブの上に、焼き網に乗せたお餅が置いてある。茶色く焦げ目のできたそれの匂いを嗅いだ瞬間、サクラのお腹がきゅるるると鳴った。今の今まで意識していなかったが、お腹がぺこぺこだ。考えてみればまる二日何も食べていないわけで、それも当然か。
「お〜、いらっしゃい。座って〜」
カンナが海苔を巻いたお餅を片手に呑気な声を上げた。アヤメと並んで座ると、マユミがお茶を置いてくれる。
「お餅も食べてね。お土産だってたくさん持たされたから」
「ありがとうございます。いただきます」
さっそく一つを手に取り齧りつくと、海苔と醤油の香りがいっぱいに広がった。醤油に少し砂糖を入れてあるのか、程よい甘さも加わっていて美味しい。にこにこお餅を食べるサクラを見るマユミの翡翠の瞳には、少し困惑の色が見える。キョウカの話だと、マユミも入れ替わりに気付いていた人だ。改めてどう接したらいいのか分からない、というところだろうか。カズラは無心にお餅を消化している。ナズナと目が合うと、ぱちんとウインクされた。相変わらずの屈託の無さが、今はありがたい。サカキは…湯呑みから立ち上る湯気を何やらじっと見ているが、何だろう。お茶の精と会話でもしているんだろうか。
「じゃあ、キョウカが来たら部会を始めましょうか」
「私ならいますよ」
マユミの言葉に、いつの間にか私の横に座っていたキョウカが答えた。制服に水色のカーディガン姿の彼女は、ちゃっかり急須に手を伸ばして湯呑みにお茶を注いでいる。カンナの朱色の瞳がきらりと輝く。
「へぇ〜、ぜんぜん気付かなかった。すごいね」
「ありがとうございます。あけましておめでとうございます、先輩」
「ん、おめでと〜」
「あけましておめでとうございます。キョウカもよかったらお餅食べてね」
「いただきます」
キョウカはお餅を一口齧ると、ぐるりと全員を見回した。視線が自分に集まっているのを確認すると、こくりと喉を鳴らしてお餅を飲み込み、口を開く。
「さて、何からお話ししましょうか。色々と気になることはあるかと思いますが」
キョウカの明るい水色の瞳がサクラを映す。
「サクラは何が聞きたいですか?」
「えっと…どうしてこうなったのか、かな」
キョウカの事前の説明だと、私の力を使って世界を修復したらどこかにいたサクラが戻ってきて全ては元通り、だったはずだ。それがなぜ、私がまた呼び出されたのか。なぜ、サクラの体の中に私がいるのか。聞きたいことだらけだ。
「どうして、ですか。こうも無自覚だとどうしたものか悩みますね」
キョウカが大袈裟に溜め息をつき、お茶を口にする。思案するように机の上を視線が彷徨い、また前を向いた。
「全部貴方のせいですよ」
「え?」
「まず大前提として、皆さんには私とサクラはこの世界の通常の存在ではない、とお伝えしておきます。サクラには神様のようなもの、と説明しましたが、そういう認識でも構いません」
きっぱりとした口調に、何人かの表情が引き締まる。涼しい顔をしているのは、カンナとサカキくらいだ。
「サクラの手紙はそれぞれ読んでいると思いますので、その説明からしていきましょうか。サクラ…の姿をとっているモノは、元はこの世界を外部から観察していた存在、と言いますか。皆さんについての過去、現在、未来を知識として持っています。まあ、彼女自身の行動によってかなり変化しているようですが」
ゲームでやってました、というのをキョウカの口から説明するとこうなるのか。私はそんなとんでもない存在じゃないよーと口を挟みたいが、部室の空気がそれを邪魔する。
「私は彼女が元のサクラに体を返したいと望んでいましたので、そのお手伝いをしました。それが年末の出来事ですね。その時に彼女が余計なことをしてくれましたので、今のこの状況に至ります」
「え、私何もしてないよ?」
「力の流れを捻じ曲げて全てをぶち壊したのはどこの誰ですか」
「えっと?」
「あの時、私がお願いしたことは覚えていますか?」
「えーと、杖を出す、それから、力を止めない?」
「そうですね、貴方にしてはよく覚えていましたね」
にこにこ笑うキョウカから、そこはかとなくバカにした感じが漂っている。ちょっとイラッとしたが、アクアマリンの瞳の奥に怒りの色が見えたので口を噤んだ。
「それで、貴方は何をしました?」
「その、言われた通りに…」
「言われた通りに、ね」
じとーっとした目が、サクラを通り越してアヤメに向かう。
「まあいいでしょう。責任の一端はアヤメにもありますし」
「悪いのは全部お…キョウカでしょ」
先輩達もいるこの場でお前呼ばわりは避けたようだ。一応、夜よりは態度が軟化している。
「繰り返しますが、私はサクラのお手伝いをしただけです。そして、それはアヤメ、貴方が現れなければほぼ完了していました。貴方の出現によってサクラが余計なことを思い付き、私にもどうにもできないような特異点が生まれたんです」
「ごめんキョウカ、私何かしたっけ?本気で分からないんだけど」
バトルが始まりそうな二人に挟まれた状態でおずおずと手を挙げると、キョウカの表情が消えた。
「本当に、悪意なくあれができるんですからね…。あの時、最後に何か願ったでしょう?」
「あ、うん。みんな幸せでねって」
「その願いに、自分の力を使ったという認識はありますか?」
「…えっと、つまり、そこでやらかした?」
「そうですね。よくできました」
キョウカが胸元でぱちぱちと手を叩く。そういえば杖から桜の花びらがぶわーっと飛んでいったっけ。綺麗だなーと思っていたけど、あれが「力を止めた」ことになるんだろうか。
「で、でも、力は足りてるってキョウカが」
「私がお願いしたこと、覚えていますか?」
本日二度目の質問に、背中に嫌な汗が流れる。
「杖を出す。力を止めない。です」
「そうですね」
「…」
「…」
「…ごめんなさい」
深々と頭を下げると、横から長い、長ーい溜め息が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると、少し冷たい空色の瞳が見下ろしていた。
「まあいいでしょう。いつまでもこんな話をしていても、皆さんが置いてけぼりですからね」
「本当にごめんなさい」
「あの、ちょっといい?」
マユミが小さく挙手して口を開いた。
「その、二人が神様のようなものという話だったけれど。キョウカ、あなたは、何というか、その…」
口ごもる声が小さく消え、若草色の瞳が不安そうにキョウカを捉える。そんなマユミに、キョウカが優しく微笑んで答えた。
「ええ。私は貴方達がエクストラと呼んでいるモノと同根です」
更新ペースですが、週1回程度→週1−2回程度、に訂正します。
すみません。




