メリーゴーラウンドデイズ 3
「どうぞ?」
キョウカが廊下の奥を示す。思考が追い付かないままぼんやり立っているサクラを見て、呆れたように肩を竦める。
「お手洗い、済ませるのでしたら今のうちに。たぶん、アレがすぐに飛んできますよ」
「ああ!うん」
小走りにお手洗いの入口に近付くと電気を点け、個室の鍵を掛ける。さっきのは『鏡像』スキルで自分自身を出したってことか。ゲーム内ではアクセプタントの誰かを呼び出す形だったけど、スキルの性質からすればそういうこともできるわけだ。
用を足して戻ると、キョウカは静かに窓の外を眺めていた。お出掛けの時と同じ外套を羽織っている。凍えるほど澄んだ空気の中、暗い廊下に佇む姿はそのまま溶けてしまいそうなくらいに儚げだ。見た目だけなら。
「それでは、サクラ。色々言いたいことがあるのですが」
「うん、私も聞きたいことがいっぱいある」
「とりあえず」
どぉんと、部室棟の扉が乱暴に開かれた…というより壊された音が響いた。階段を駆け上がる足音が聞こえる。
「アレを何とかしましょうか」
ハァ、とキョウカが溜め息を吐いて、鏡を出した。暗い廊下の向こうから、漆黒の風が突進してくる。勢いのまま突き出された切先を鏡が受け止めた。続いて繰り出される嵐のような斬撃を、涼しい顔で捌いていく。
「貴方に言っても無駄かもしれませんが、まずは落ち着きませんか?」
「黙れ」
「本当に…。拗らせすぎですよ」
全く聞く耳を持たないアヤメをどう止めたらよいか分からず立ち竦む私の前で、みるみる廊下が凍り付いていく。窓が霜に覆われ、空を切り裂く刃からバラバラと大粒の氷の破片が床に転がる。キョウカは余裕そうだが、このままだと部室棟が冷凍庫になってしまう。
突然、窓ガラスが砕け散った。白銀の短槍が床に突き刺さり、白い戦装束に身を包んだサカキが二人の間に割って入る。右手の短槍でアヤメの薙刀を受け止め、左手のそれはキョウカにぴたりと切先を向けている。
「双方、矛を納めよ。私闘は法度ぞ」
「邪魔しないでください、サカキ先輩。そいつは」
「私はそもそも争う気はありませんよ。ソレと一緒にしないでください」
キョウカが鏡を消すと、アヤメも構えを解いた。薙刀は出したままだが、サカキを押し退けてまで闘う気はないようだ。駆け寄って腕に触れると、毛を逆立てた獣のような空気が少し和らいだ。そのままぎゅっと抱き寄せられる。
「そいつが、サクラを拉致しました。私はサクラを守るために──」
「私もサクラを守ってあげようと思っただけですよ、あなたから」
「これは何事?」
カズラも集まってきた。戦装束に身を包んではいるが、顔が完全に寝起きだ。後ろにナズナも続いている。こちらも寝起きなのだろうが、どこか爽やかさを感じさせるのがさすがというか何というか。
「ああ、目が覚めたんだねサクラ。サクラ…で、いいのかな?」
カズラの海を思わせる青い瞳が、すっと眇められる。一瞬何を言われているのか分からなかったが、そういえば入れ替わりを告白する手紙を書いたっけと思い出した。私の感覚ではずいぶん前の話だが、こっちではあの手紙を読んだのはそれこそ昨日今日の話だろう。この体に戻るはずだったサクラがどこに行って、なぜ私がサクラの体にいるのか。それは私にも分からない。どう説明したものかとキョウカを見る。
「色々と事情を説明したいところですが、こんな夜更けにする話でもありませんし。今はいったん解散しませんか?カンナ先輩とマユミ先輩も午前中には戻ってくるでしょうし、皆さんが揃ったところで話した方が良いと思います」
「…雰囲気変わったね、キョウカも」
ナズナが笑みの形を作るが、目は笑っていない。おどおどした不安がいっぱいの一年生を演じていたキョウカしか見ていないナズナからしたら、今の彼女は別人レベルだろう。
「その辺りも含めてお話ししますよ。とにかく今は話し合いという雰囲気ではないですし。そこのが敵意剥き出しでは私も落ち着きません」
「お前がサクラに手を出すからだ」
「さすがにサクラに放尿する姿を見せろと迫るのを見逃せなかったもので」
全員がぐりんとアヤメを見た。アヤメがすっと表情を消す。
「そんなことは言ってません」
「お手洗いでの行動、説明できます?」
「あれは、心配だっただけです。キョウカの言葉に惑わされないでください、先輩」
「サクラからも何かありますか?」
「えーーーっと…」
口ごもるサクラを見て、周りが色々察したような空気になる。アヤメは無表情のままだ。ちょっと居た堪れない。
「そもそも私が本気でサクラをどうにかしようと思うのなら、もっと遠くに連れ去ることだってできましたよ。わざわざ学内の、お手洗いに近い場所に連れてきたことからも私に敵意がないと理解できますよね?」
「あー…まあとりあえずこの話は終わりにしようか?キョウカの言う通り、今は話し合いって空気でもないし」
カズラが少し生温かい目でアヤメを見ながら言う。上級生達の意見はまとまったようだ。アヤメは相変わらず無表情で突っ立っている。
「あの、私からも話したいことが…」
「手紙の件、だよね。それも一緒に聞こうか。どうやら立ち話で終わるような感じでもなさそうだしね」
カズラの言葉に頷くと、アヤメ以外は変身を解いた。皆寝巻き姿だ。気分が落ち着くと、寒さが身に染みる。もこもこの綿入れを装備しているカズラが身を縮めて丸まった。
「まあ話し合いは皆が揃ってからでもいいとして…これ、どうするかね?」
皆の目が割れた窓を見る。サカキがぶち破った窓は、ガラスどころかフレームも粉々だ。冷たい風が吹き込んできている。部室棟の扉もたぶんアヤメが壊しているし、寮のお手洗いもボロボロだろう。
「ああ、それなら私が直しておきますよ。すぐ終わります」
キョウカがまた鏡を出した。円い鏡面に映る窓にはヒビ一つない。あれ、と思って視線を移すと、そこにはきっちり元通りの窓があった。
「アヤメが暴れた跡も元通りにしておきますね。少しは感謝してくださいよ」
「ふぅん。とんでもないね、それ」
ナズナがキラキラ笑顔をキョウカに向けるが、相変わらず目は笑っていない。キョウカは涼しい顔でそれを受け流す。
「便利でしょう?何か直したい物があればサービスしますよ」
「理外の理、か。其方は創生の力を操るのだな」
サカキがこめかみの辺りに指を当て、ポーズを作っている。純白にレースやらポンポンやらがいっぱい付いたガーリーなネグリジェだと絶妙に決まらない。
「では、また明日。カンナ達が戻ってきたら呼びに行くよ。いったん頭を冷やして、ね」
最後はまだ戦装束のままのアヤメに向けられた言葉だ。ぞろぞろと部室棟の階段に向かおうとすると、キョウカが思い出したように声を上げた。
「そうだ。皆さん、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「ああ、あけましておめでとうございます」
「うん、よろしく」
「其方に祝福のあらんことを」
日付が変わって新年。冷え冷えとした月の輝く元旦の夜だった。
投稿は週一回くらい、の舌の根も乾かぬうちに連続投稿となってしまいました。すみません。
本年中は拙作をご愛顧いただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
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