メリーゴーラウンドデイズ 2
回した手から伝わる体温がアヤメを落ち着かせてくれたのか、暫くすると彼女が耳元で囁くように話してくれた。私が元の世界に戻った後、サクラは目を覚まさなかったらしい。眠るように目を閉じたまま動かない私を寮の部屋まで運んだはいいが、何をどうしたらいいのか分からない。このまま目覚めないのではないかという不安の中、アヤメは一昼夜ベッドの横で過ごしたそうだ。話しながら甘えるように擦り付けてくる頭がくすぐったい。
それにしても一昼夜か。向こうに戻ってからけっこう時間が経っていたけど、その辺は特にリンクしていないみたいだ。そうか、一昼夜。どうりで。
「あのね、アヤメ」
「なに…?」
疲れてちょっと舌足らずな感じになっているのがかわいい。でも今はとりあえずそれより。
「一度、離れてもらってもいいかな?」
「…なんで?」
アヤメの全身に緊張が走る。離しはしないと言うように両腕に力が籠った。ああ違う、そういう意味じゃなくて。
「その、お手洗い行きたい」
一瞬アヤメの動きが止まって、がばっと体が離れた。耳が真っ赤だ。さっきよりはマシだけど、両目は酷く腫れているし、髪はボサボサ。それでもやっぱり、月明かりに照らされる彼女は綺麗だった。
「ああうん、そうだね?ごめん」
「ううん。ごめんね」
一昼夜まるまる時間が経っているのだから、私はもう色々限界だ。全てが手遅れになる前に急がねば。体を起こすと、アヤメがエスコートするように手を差し出してくれた。手を繋いで部屋を出る。すごく久し振りのように思うが、この世界ではそんなに時間が経っているわけではないのだからなんだか不思議だ。
お手洗いに着いて、個室のドアを閉め…ようとすると、なぜかアヤメも入ってこようとした。困って首を傾げると、安心させるような柔らかな笑顔が返ってくる。
「えーと?」
「ああ、気にしないで」
「気にするよ?」
「大丈夫だから」
何が。冗談かと思ったが、どうやら本気で個室の中に一緒に入るつもりらしい。思わず顔が引き攣る。
「ごめん、変なことをしているとは思うんだけど」
「そうだね?」
「不安なんだ。またサクラが居なくなってしまうんじゃないかって」
「あ…」
目を伏せて呟くアヤメに絆されそうになるが、それとこれとは話が違う。流されるな私。アヤメの目の前で、その、するのは無理だ。
「えーと、ちょっと落ち着こう?」
「ダメ、かな?」
「いや、えっと、そんな顔されても…」
「そうですよ。物事には限度があります」
アヤメの周囲が凍り付いたかと思うと、一瞬で戦装束を身に纏う。狭いお手洗いの中で薙刀を振るうと、漆喰の壁が削れて粉のように舞い散った。
「乱暴ですね。本当に話が通じない」
「消えろ」
次々と繰り出される斬撃に合わせて、壁が、ドアが、削られて飛び散る。その切先を、巫女服姿のキョウカの鏡が淡々と受け止めていく。状況についていけずに個室の壁際に下がったサクラの肩を、誰かが掴んだ。え、と思った時には、ぐらりと視界が揺れる。
次の瞬間には、私は暗い廊下に立っていた。ドアが並ぶここは、部室棟だ。窓から差し込む月明かりだけが頼りの中、淡い水色の髪が銀糸のように輝く。
「…さて、まずは…」
こちらの時間では昨日以来、になるのだろうか。私はまた、キョウカと二人で向き合っていた。




