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パステルカラーストーム エピローグ(アヤメ) 2

 サクラをベッドに横たえると、私はがくりとその場に崩れ落ちた。こうしていると、本当にただ寝ているようにしか見えない。ワンピースを着た胸は規則正しく上下しているし、繋いだ手は温かい。手首に触れれば、確かな脈を感じる。ただ、アクセプタントになってから常に感じていたサクラの気配だけが、ぽっかり抜け落ちたように無くなっている。ここに存在しているのに、存在していない。何もかもを破壊してしまいたいような衝動が、私の体の内側で暴れている。


「アヤメ、これを」


 カズラが便箋を差し出してきた。サクラの丸っこい文字が並んでいる。震える手で受け取ると、カズラはサクラの静かな顔を見ながら言った。


「少なくとも、サクラは…サクラ、でいいのかな?まあとにかく、彼女は今日のことは分かっていたみたいだね。すぐに信じていいのか悩む内容ではあるけど、状況からすると間違ってはいないと思う」


 便箋に鉛筆で書かれたそれは、誰かが今までサクラと入れ替わっていたこと、その誰かがいなくなった後もサクラをよろしく、という内容だった。入れ替わり?誰かが、ずっとサクラを演じていた?それが消えたから、気配を感じない?まともに思考ができない。何が何だか、分からない。

 混乱したまま便箋を眺め続けていると、サカキも部屋に入ってきた。同じように便箋を持っている。内容は同じ。遅れて来たナズナも、同じ手紙を持っていた。


「一応キョウカの部屋も確認してきたけど、誰もいなかった。コートが椅子の背に投げ出してあったから、一度はここに戻ってきたっぽいね。手紙を配ったのもその時かな?僕はずっと部屋にいたし、こんなものがあれば気付いたはずだ」


 ひらひらと便箋を振るナズナをぼんやり見上げる。全てに現実味がない。サクラは、サクラはここにいる。いるけど、いない。今までサクラだったのも、サクラではない。気を張っていないと、ヒステリックに笑い出しそうだ。


「つまり、サクラと入れ替わっていた人…人、でいいのかな。それが、入れ替わりを解消しようとした。それにキョウカも一枚噛んでる。その結果として、サクラの気配を感じないということ?」

「手紙の通りならね。そうなると、待ってればいずれサクラは戻ってくるのかな?サクラをよろしくお願いします、って書いてるんだし」

「理外の理故分からぬが、これは盤外の賽であろうな。現世の者には届かぬ」

「うーん、つまり想定外のことだと?」

「是。思う様であれば、キョウカはここに居るであろうよ」

「とにかく情報が足りなすぎるね。サクラは…少なくとも肉体的には問題は無さそうだけど」


 ナズナがベッドの横に座って、サクラの額に掛かる髪をさらりと流した。体が温まって、頬が少し色付いている。本当に、何一つ問題は無いように見える。


「アヤメ、部屋に戻って手紙を確認してきて。それから…」

「嫌です」


 反射的に言葉が出た。唇が震える。サクラの手を、改めてぎゅっと握りしめる。


「嫌です。私が離れている間に、また何かあったら」

「僕達が見守っているよ。大丈夫」

「でも」

「僕達では信用できないかな?」


 ナズナの明るい黄緑色の瞳が、じっと私を見据える。今まで見たことも無いほど真剣な眼差しに、思わず言葉を飲み込む。


「…いえ。すみませんでした」

「一度落ち着いておいで。アヤメも保たなくなる」


 カズラに送り出されて、暗い寮の廊下を自分の部屋まで歩く。今は何時くらいだろうか。とっくに真夜中は回っているはずだ。帰省で人の少ない寮内はひたすら静かで、自分の足音だけが響いた。

 部屋の机の上に、封筒が一つ置いてあった。『アヤメへ』と書かれたそれを、しばらくぼんやり見つめる。封を開け、便箋を取り出す。桜の花びらがあしらわれたそれには、皆と同じ内容が綴られていた。入れ替わりのこと。黙っていたことへの謝罪。サクラをよろしくお願いします。最後は、『ありがとう』で締めくくられていた。

 ひぃぃ、と情けない声が口から漏れる。発作のように止まらない涙を、両袖で拭う。しゃくり上げ、咳き込み、めちゃくちゃに涙を拭き続ける。頭がじんじん痛い。

 何も気付いていなかった。時々何かおかしいと思うことはあっても、隣にいることで満足していた。うまく行っていると勝手に思い込んで、サクラの事情なんて考えてなかった。もっと。もっと何かできたはずだ。サクラは、私に相談すらできなかった。『ありがとう』なんて、言ってもらう資格なんてない。悔しくて情けなくて、死にそうだ。

 どれくらい経ったのか分からない。サクラの部屋に戻ると、サカキが残っていた。


「休むのなら、我が残ろう」

「いえ、私が残ります。私が、そうしたいんです」


 ベッドの横に座り、手を握る。ベッドに頭を付けると、サクラの呼吸を感じた。規則的なリズムが、私の中にぽっかり空いた穴を埋めていく。

 サクラ。今度は、絶対に手を離さないから。だから。戻ってきて。吸われるように眠りに落ちていく中で、私は祈った。

アヤメ視点のエピローグ終了です。ありがとうございました。


お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、今までの分を「第1部」としてまとめております。近日中に「第2部」も投稿予定です。

…予定ですが、今のところ第2部といっても「続きを書くんならこんな感じで始まるよ」と考えていたものをお出しするだけです。続く予定はありません。続きが気になるよーという方が多ければその限りではありませんが。

何はともあれ、よろしくお願いいたします。

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