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パステルカラーストーム エピローグ(アヤメ) 1

お久しぶりです。

4月に更新を終了してからかなり経ちますが、未だに読んでくださっている方がいらっしゃるようです。ありがとうございます。

感謝の気持ちを込めまして、アヤメ視点のエピローグを投稿します。楽しんでいただけましたら幸いです。

 サクラが笑っている。ちょっと困ったような、いつもの笑顔。いつもの、自分が傷付くことなんて気にしてない笑顔。キョウカに対する猜疑、怒り。理解できない状況に対する混乱、不安。サクラへの、想い。全てがごちゃ混ぜになって、私を襲う。両目が熱い。涙が溢れるのを止められない。 


「なんでいつもそうなの!他の人のことばっかりで、自分は平気で傷ついて!最初の時もそう!私が助かってよかったって、なんで笑えるの!サクラ、──」


 サクラが目を真ん丸にしている。感情を露わにする私に驚き、心配している。

 最初は何とも思っていなかった。小さくて、ちょっとどんくさい同級生。何が気に入ったのか、サクラから私に話しかけてきて。勉強を教えてと頼ってくる彼女が、妹のように思えて。

 あの日も、教室で復習をしていた。うんうん唸りながら私の作った練習問題を解いているサクラを見ていると、外で悲鳴が聞こえた。何、と思った時には、教室の開けっ放しの引き戸から奴らが入ってきていた。

 ぬらりと不気味に光る白い肌に、ぱっくり開いた巨大な口。短い手足で腹を引き摺りながら近付くそれに、全身が粟立つ。反射的に立ち上がったが、次に何をしたら良いのか分からない。眼のない肉塊が、こちらに向きを変える。次の瞬間には、私達は吹き飛んでいた。体当たりされたのだ、と思った時にはもう床を転がっていた。痛む全身が警告を発しているが、頭はどう動けばいいのか分からず混乱するばかりだ。近付くそれを、ただ見るしかできない。


『受け入れよ』


 突然、声が聞こえた。男でも女でもない、ただ力、としか言いようのない声。受け入れたらどうなるのかが、何故か分かった。今この状況を打破するためには、受け入れるしかないことも。それでも私は、得体の知れない未知に恐怖し、躊躇った。


「えいっ」


 気の抜けた声が響き、それがぐるりと振り返る。その先には、サクラがいた。どこから出したのか、長い木の棒を振って殴り付けている。だが、ぶよぶよした肌には何の効果もないようだ。白い肉塊が、短い手足を縮めてさらに低く身構える。そのまま突き上げるように頭を振ると、小さなサクラの体はあっけなく放り上げられた。机に背中から叩き付けられたサクラが、床に崩れ落ちてぐったりと突っ伏す。揺れる桃色の瞳が私を捉えると、棒の先からふんわりと光が飛び、私を包んだ。痛みが消え、それと共に混乱も収まっていく。今の私には、為すべきことがはっきりと分かっていた。


『受け入れよ』


 声に応え、目を閉じる。体の内側を巨大な力が流れるのに抵抗ぜずにいると、右手に熱が集まった。握ると、掌に確かな感触があった。目を開け、目の前の肉塊に向けて振り上げる。濃紫の刃は、あっさりとそれを切り裂き黒い靄に変えた。続けて教室に侵入しようとしていた個体を刻む。必死で薙刀を振り回し、気が付くと辺りは静かになっていた。

 肩で息をしながら、床に転がる小柄な影に駆け寄る。うつ伏せの体を起こそうとすると鋭い悲鳴が上がり、サクラの目から大粒の涙が零れた。ぼんやりとした瞳が私を捉える。荒く浅い呼吸の合間に、小さく「よかった」と呟くのが聞こえた。そのままぐったりと動かないサクラを前に、私はただおろおろと名前を呼び掛けることしかできなかった。

 後で分かったことだが、サクラは肋骨を折っていた。襲撃の後もどす黒く残る痛々しい痣を見る度に、私は全身を引き裂かれるような思いで息もできなくなった。サクラは自分が弱いせいで、回復が未熟なせいでこうなったと弱々しく笑っていたけど、それは違う。私のせいだ。私が躊躇い、力を受け入れるのが遅れたから、サクラがやられた。不甲斐なさに怒りが湧き上がり、それがサクラへの態度にも出てしまう。そんな自分が嫌になって、また落ち込む。サクラが戦闘で傷付く度に、守れなかった自分を責めた。アヤメは悪くない、と言ってくれる何の罪もないサクラに、分かっていても語気が強くなってしまう。困ったように曖昧な笑みを浮かべる彼女を見て、自己嫌悪で心はどんどん真っ暗になっていった。

 夏を過ぎた頃からだろうか。少しずつ、サクラとの関係がうまくいき始めた。私も戦えるんだと誇らしげに笑う姿を見て、体に入っていた力が抜ける。本当の笑顔を向けてくれることが、何よりも嬉しかった。

 それなのに、今のサクラは昔と同じ顔をしている。困ったような笑顔。彼女がキョウカと何をしようとしているのかは分からない。でも、あの大岩が全てを吸い尽くそうとしているのは理屈抜きに理解できた。きっと、皆を助けるためにその身を投げ出そうとしているのだろう。あの時、自分の怪我を差し置いて私を助けたように。それで自分がどれほど傷付くのかなんてお構いなしに。


「自分が、死んじゃうかもしれないのに…」


 情けない声が口から漏れた。俯く視界には、枯草に落ちる涙しか見えない。なんで、いつもダメなんだろう。サクラを守りたいって、傷付けたくないって、心の底から思っているのに。賢いふりをして、強いふりをしているけど、蓋を開ければこんなものでしかない。ほんの数歩を阻まれたまま、近付くことすらできない。


「大丈夫だよ。サクラは必ず戻すから」


 優しい笑みを浮かべるサクラに、嫌な予感が膨らんでいく。キョウカと何か言葉を交わした彼女が、杖を高く掲げた。その先端の宝玉が強く光ると、夜空いっぱいに桜の花びらが吹き上がる。全てを飲み込むような勢いの花吹雪に呆気に取られていると、杖が弾けるように光り、消えた。髪の毛のように細い糸がサクラの全身を覆い隠していく。


「サクラ!」


 繭のようになったそれに駆け寄る。繊細に明滅する薄紅色の膜に触れるが、押しても何の感触もない。加えた力がそのままどこかに流れていくような、今までに体験したことのない感触に焦りだけが募る。いっそ切り裂いてしまおうかと薙刀を構えた時、するすると糸が解けた。中からサクラが姿を見せる。目を閉じて眠っているようだが、見たところコートに包まれた小さな体に怪我はない。少しだけ安心して、頬に触れる。冬の寒さですっかり冷え切った、柔らかなそれを手で包む。口元に近い指に、温かな息を感じる。規則正しい息遣いに、自然と口元が綻んだ。キョウカが何をしようとしていたのかは知らないが、とにかくサクラはこうして取り戻した。いったんはそれでいい。


「アヤメ、無事か」


 駆け付けたサカキが隣に立つ。遅れてカズラとナズナも到着した。突然巨大な力の流れを感じて、結局全員がここに集合した形だ。カズラが油断なく周囲を見回している。そういえば、キョウカの姿が見えない。逃げ出したのか。


「何があった?サクラはどうしたの?」

「キョウカが何かしていたようです。サクラは…事情は分かりませんが、それに協力していたように見えました」

「キョウカが?」


 カズラが顎に手を当てて考え込む。ナズナは大岩の断面を調べている。サカキがサクラを挟んで私の反対側に膝をついた。


「アヤメ、サクラはどこだ?」

「ええ、と?」


 サクラは目の前にいる。目の前に…そして、気付いた。ざあっと血の気が引いていく。

 サクラの気配がない。アクセプタントとして常に感じていた、微かな信号のようなものを全く感じない。


「サクラ?」


 頬に掛けた手をゆっくり動かす。何の反応もない。ただただ、規則正しく息をしている。肩を掴み、揺さぶっても力に合わせて揺れるだけだ。


「サクラ!」


 力任せにサクラを抱え上げる私を、誰かが押さえた。がくりと垂れた頭をサカキが支えている。口がからからに乾く。耳に聞こえるうるさい音が、自分の発する叫びだと気付くのに少し時間がかかった。押さえ込む手から逃れようと暴れる私の頬を、ナズナが思い切り張った。鋭い痛みに、霞のかかったような視界が晴れる。


「落ち着いて。まずはサクラをアカメデイアまで運ぶ。できるね?」

「は…い」


 動きを止めた私から、カズラが離れる。震える手で、サカキからサクラを受け取る。眠っているようにしか見えない小さな体をぎゅっと抱き締めて、立ち上がった。


「先導するからついてきて。最短を進むから、道は悪いよ」


 そう言うと、カズラが大きく跳躍した。続いて私も飛ぶ。月明かりに照らされてなお黒々とした森の中を、枝から枝に飛び移りながら進んでいく。邪魔になる小枝を、ナズナが薙ぎ払ってくれている。ただ逸る気持ちのまま、私はサクラの体温を胸に感じながら全速力で駆け続けた。

書いていたらちょっと長くなってしまったので分割します。申し訳ありません。

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