パステルカラーストーム 18
割れた大岩に近付くにつれ、何か圧力のようなものを肌に感じるようになった。前に来た時のような、エクストラの気配とはまた違った感じだ。
大岩は、記憶そのままの姿でそこにあった。この暗闇の中なのに、なぜかはっきりと見える。割れた断面が真っ黒で、底知れない深い深い穴が穿たれたようだ。
「もう月が上ります。やることは覚えていますね?」
「うん。杖を出す。途中で力を止めない。それだけ」
「では、始めましょう。何があっても力を止めようとせずに、身を委ねてください」
キョウカが岩に向き直る。私も手に意識を集中すると、見慣れた杖が現れた。発光する宝玉の中に、たくさんの花弁が舞い散っているのが見える。
その花びらが、一枚、また一枚と外に流れていく。淡い桜色の光で辺りを照らしながら、大岩の断面に吸われていくのがどこか神秘的で、頭の奥がぼんやり痺れたような感じになる。少しずつ宝玉から溢れる花びらの数が増え、桜吹雪のように流れ出していく。キョウカの淡い水色の光と桜色が合わさって、パステルカラーの洪水だ。
突然、黒い塊が視界に飛び込んできた。まっすぐキョウカに突き進んだそれは、横薙ぎに白く尾を引く刃を叩きつける。キョウカの構える鏡が甲高い音を響かせた。
「アヤメ!?」
「力を止めないでください」
無言で斬撃を繰り出すアヤメを捌きながら、キョウカが私を見た。アクアマリンの瞳は静かなままだ。埒が明かないと判断したのか、戦装束に身を包んだアヤメはキョウカに切先を向けたまま、私の前に立ち塞がるように位置を変えた。
「何をしている」
「アヤメには関係のないことですし、理解できるとも思えませんので。説明は省略させてください」
猛獣のような空気を纏うアヤメを、キョウカはまるで相手にしていない。これじゃわざと怒らせているようなものだ。
「アヤメ、あの」
「サクラ、一度離れるよ。こっちへ」
ぐいっと腕を引っ張られる。変身前のサクラの力では、抵抗することもできずに体がよろけた。中途半端に止めたら力が暴走するというキョウカの言葉が頭をよぎる。
「ちょっと待って、今止めると」
「こいつが何言ったのか知らないけど、今は私についてきて。まずは──」
言葉の途中で、アヤメの体が横に吹っ飛んだ。向き直るアヤメの前に、戦装束の『サクラ』が立ち塞がる。
「何──」
「サクラがそんなに大事なら、そっちのサクラとしばらく遊んでいてください。こちらもそこまで時間はかかりませんから」
キョウカの言葉を合図に、『サクラ』が杖を大きく振り回す。アヤメにダメージを与えるほどの攻撃ではないが、受ければ確実にノックバックの効果は出るようで、私達とアヤメの距離は開いていった。サクラの姿をした『サクラ』を攻撃するのは憚られるようで、アヤメがぐっと歯を食いしばる。
キョウカのスキル『鏡像』。攻撃力を全く持たない鏡を装備するキョウカの攻撃手段がこれだ。スキル発動の度に、そっくりそのまま写し取ったアクセプタントの誰かを召喚する。ゲームではプレイヤーの持っている最高レアリティのカードのステータスを流用してくる上に、最初からスキルポイントMAXなのでいきなりスキル攻撃を仕掛けてくるという鬼畜仕様。
皮肉なことに、ラスボス戦に至ってようやくサクラのスキルが脚光を浴びた。悪い意味で。敵として現れた『サクラ』は、スキル発動までに倒さないと今までコツコツ削ってきたキョウカのダメージを全快させてしまうのだ。サクラは編成上使い道が無いと言いつつ、一応イベントSRを引いたら育成してしまうゲーマーとしての性が全て裏目に出る展開。打たれ弱いのもそのままなので、「サクラだ、潰せ」が合言葉になるという、数少ないサクラユーザーである私にとって大ダメージの戦闘だった。
アヤメは何とか『サクラ』の攻撃を躱そうとしているが、かする程度でも当たればノックバックの効果は発動する。アヤメが本気で斬りかかれば『サクラ』は簡単に倒せるだろうが、ゲームの中ですら愛着のあるキャラを倒すのに嫌な思いをしたくらいだ。目の前にいる友達の姿をした相手を斬るなんて、まともな神経ならできるわけがない。アヤメの焦りと苛立ちが膨らんでいくのが、離れていても分かる。
「アヤメ、落ち着いて。大丈夫だから。サクラは無事だよ」
「そいつが何企んでるのか知らないけど、大丈夫なわけないでしょ。今すぐ離れて」
ダメだ、ちょっと話が通じそうにない。いや事情を全部話したところで納得してくれるか分からないけど。そうしている間にも、場違いに柔らかな色彩をしたエネルギーの奔流は岩の割れ目に流れ込み続けている。
「そいつ、ってひどい言い様ですね。同級生に対してそんな態度でいいんですか?」
「ねえキョウカお願いだからこれ以上煽らないで」
澄ました態度で口を挟んでくるキョウカに、アヤメの心の青筋がブチブチ千切れる音が聞こえてくるのは幻聴じゃないと思う。マジで怖いからやめて。
「だいたい呼ばれてもいないのにこんな所まで来るなんて。非常識にも程がありますよ」
「非常識はどっち。夜中にこんな所までサクラを連れ出して、どうするつもり」
「ずっと監視してたんですか?怖いですよ、そういうの」
怒りに任せて踏み込もうとするアヤメの進路を、『サクラ』が塞ぐ。ギリギリと歯噛みする音がここまで聞こえてくる。完全に冷静さを失ったアヤメに、何をどう言えば伝わるだろう。
「キョウカ、もうやめて。アヤメと話がしたい」
「私は特に何もしてないですよ?強いて言えば『サクラ』を出しただけです」
「いいから。力、止めるよ」
「──しばらく黙っているようにはします」
ようやく口を噤んだキョウカを一睨みして、アヤメに向き直る。『サクラ』を挟んで、紫の瞳が私を射抜く。怒りに震える唇も、紅潮した頬も、逆立つような黒髪も、野生の肉食獣のような美しさでそこに存在していた。




