パステルカラーストーム 12
店の外に出ると、冷たい風が吹き付けてきた。コートの前をぎゅっと合わせ、キョウカと並んで歩く。平屋の駅舎に入り、窓口で自宅最寄り駅までの切符を買う。汽車の発車予定時間は30分後。駅舎内は人影もまばらで、改札も始まっていない。
アクセプタント同士の位置感知があるので、一応自宅近くまでは行って、それから帰ってくることにしている。そこまで精密に場所が分かるわけではないが、学校近辺でふらふらしていたら遠くに行っていないことくらいはバレる。というかアヤメには中途半端なごまかしは効かない気がする。アリバイ工作はしっかりと。
「まだけっこうありますね。お昼買っちゃいます?」
キョウカは物珍しそうに駅舎内を見回している。私にとってはレトロな木造の建物も、キョウカには未来に見えるんだろうか。今更になって、キョウカ自身の気持ちを全然聞いていないことに気付いた。今の目的は現状維持と言った彼女には、アカメデイアの生活はどう映っているのだろう。
駅の近くの食堂で、焼きおにぎりを売っていた。沢庵と一緒に竹皮で包んでもらい、ほんのり温かいそれを片手に駅に戻ると改札が始まっていた。切符にハサミを入れてもらい、ホームに出る。汽車を使う人は少ないのか、あちこちにぽつりぽつりと数人が立っているだけだった。
しばらくすると、煙を吐き出しながら汽車がやってきた。いわゆる蒸気機関車を生で見るのは初めてだ。あちこちから黒や白の煙を吐き出しながら、それほど長くない列車が停まった。客車は前寄りの二両だけのようで、駅員が声を張り上げて乗客を誘導している。残りの貨車に縄でくくられた荷物を積み下ろしする人がやってきて、周りが慌ただしい空気に包まれていく。
客車の中は向かい合わせの四人掛けの席が並んでいた。空いているところに、キョウカと並んで座る。しばらくすると笛の音が鳴り響き、ゆっくりと景色が流れ始めた。
ふと横のキョウカを見ると、膝の上に鏡を出していた。ぎょっとして周りを見回すが、閑散とした車内ではシートの向こうに誰かの頭が見える程度だ。誰かに見咎められる心配は無さそうだが、明らかに異質な金属製の鏡がそこにあるというのが何だか落ち着かない。
「さて、先程の話の続きですけど」
キョウカが相変わらず人を映さない鏡の表面に触れると、全面が白一色になった。ちょんちょんと指でタップすると、黒い点がその位置に表示される。え、それそんなタブレットみたいな使い方できたの!?
「まず二次元っていうのが、こういう平面上の世界を指しますよね。私達が、この点だと思ってください」
今日一番の衝撃を受けている私を無視して、キョウカの解説は続く。
「私達はこの平面上であれば、自由に移動できます。速さや方向に制限はありますけどね」
キョウカの指の動きに合わせて、黒い点が移動していく。おお、ますますタブレットっぽい。
「そこに三次元の存在が干渉すると…聞いてます?」
「え?ああうん、聞いてるよ?」
半分聞き流していたけど、言いたいことは分かる。じとっとした目のキョウカは、しばらく黙っていたが軽く溜め息を吐くと続きを話し始めた。
「今の私の体は三次元の存在で、何も触れていなくても二次元の平面を見ています。では、この平面上の点からすると、私はどんな存在でしょうね?」
「えーと、鏡を持ってる人?」
「それは三次元上の存在だから分かる視点ですね。この平面しか世界が存在しないとすると、私がそこに触れなければ存在しないのと同じです」
「あー、何となく分かったかも」
うん。本当に何となく。タッチしないで放置してると省エネモードになる的な。文章読むのトロいから、スマホだと読んでる途中で画面暗くなってた。私が読んでるってスマホには分からないみたいなことだよね。
「では、私がこの世界に介入するとどうなるか、ですけど」
キョウカが鏡面に触れると、今度は赤い点が表れた。
「こんなふうに、高次元の存在はより低次元に介入できます。今私が触れたことで、この黒い点達にも私が赤い点として認識できます」
「…キョウカって実は頭良い?言い回しがそんな感じ」
「一応高次存在ですから。それを言うならサクラも…」
「ん?」
「まあいいです。話を続けますね」
指を離すと赤い点が消える。
「こんなふうに、黒い点からは突然現れたり消えたりする存在として見えます。私自身は指を動かしているだけですけど」
「それがエクストラってこと?」
「まあそうですね。皆さんが使っている神の力も同じようなものです。この世界の法則を無視した力を行使できるのは、より高次元の法則で動いているからです」
キョウカが今度は5本の指を同時に置いた。5つの赤い点が表示される。
「私としてはさっきと大して違うことをしていないですけど、黒い点から見ると私がいきなり5つに分裂したように見えるかもしれませんね。何故そうなるのか、平面の世界の法則でいくら考えても分からない」
指を一本離すと、赤い点が一つだけ消えた。
「黒い点からは、私が一つ消えたように見えるでしょうね。攻撃を仕掛けていたなら、撃退したと思うかもしれません。私にとっては指を離しただけの話ですけど」
戦いの中で、黒い靄となって消えていくエクストラ。あれは倒していたのではなくて、位置がズレただけだったってこと?そもそもエクストラは別々の個体ではなくて、一つのものだった?
「一応皆さんの攻撃は、この例えだと指がぴりっとするくらいのエネルギーのやりとりがありましたよ?それを少しずつ集めて、この平面上に私が安定して現れることができるようにしようとしてたんですから」
私の疑問が顔に出ていたのか、心を読んだようにキョウカが言う。いや本当に心を読めるのかもしれない。真実を映す鏡で秘密を暴く、ゲームのキョウカなら難なくやってのけそうだ。
「高次元の存在を神と呼ぶ、というところは何となく分かりました?」
「うん」
私にしてはかなり理解できたと思う。この世界を膝の上に乗せて、あれこれいじり回せる存在。そんなもの、神様以外に言いようがない。
「では、サクラが神と同じというところですけど」
キョウカの指がさっとフリックするように滑ると、鏡面はまた客車の天井を反射するようになった。興味津々で覗き込んでいたサクラの位置に、また暗い瞳の私が映って思わず仰け反る。いきなり自分の姿が見えるの、心臓に悪いからやめてほしい…。
「サクラ、と便宜的に呼んではいますけど、あなたはこの世界の存在ではないですよね」
「…まあ、うん」
何がどういう理由かは知らないけど、私はこの『百花乱舞』の世界でサクラとして生きている。ハマっていたゲームの世界に転生〜、なんて話を色々読んだりはしていたけど、自分の身に降り掛かるとは思わなかった。
スマホの画面越しに見ていた世界。ガチャを回して集めたキャラを編成し、敵と戦う。その只中に放り込まれた私は、いったいどんな立ち位置なのか。
ふとさっきのキョウカの姿と、私がスマホをぽちぽちいじっている姿が重なった。世界を膝の上に乗せて、あれこれいじり回す存在。ゲームの側から見たら、プレイヤーの立ち位置って…。ゲームの知識があるぶん有利程度に考えていたけど、私ってひょっとして。
「あなたも、この世界からしたら高次元の存在。言ってしまえば神です」
キョウカがこちらに向けた鏡には、どこからどう見ても神には見えない、スウェット姿の私が映っていた。
サクラの理解は色々ズレてますが、キョウカがどうしても伝えたいところは伝わっています。
次も設定の説明みたいな感じになります。ジャンルが異世界ファンタジー→和風オカルト→ゆるふわSFと転がりまくっている気がしますが、お付き合いください。




