パステルカラーストーム 9
薄曇りの空の下、通りには人通りが多いがどこか寒々しい。皆急ぎ足なのは年の瀬だからか、寒さに家路を急ぐからか。
「ともしび」と彫られた木の看板の前で、厚手のコートに身を包みサクラが立っている。正月用の菓子や餅を買い求める人が出入りするのを、なんとなく眺める。コートの下は制服ではなく、お出かけ用のワンピースにセーターだ。皆には今日帰省すると言ってある。
「お待たせしました」
「ううん、私もさっき来たとこ」
小走りに駆け寄ってきたキョウカが、にこにこ笑顔で声を掛けてきた。キョウカも明るい水色のコート…というか外套?を着ている。
「じゃ、入ろうか」
「はい!ふふ、楽しみです」
少し頬を上気させたキョウカが、はにかんだようにそう言うと完璧デートシチュエーションだ。サクラの目は若干死んでいるが。
アカメデイアでもファンの多い和菓子屋の店内は、それなりに混雑していた。二階に続く階段を上り、空いている卓に向かい合って座る。お品書きを見るキョウカは、ずいぶんはしゃいで見える。あれこれ悩んだ末、サクラはぜんざいとコーヒー、キョウカはあんみつにお茶を頼んだ。
「コーヒー飲むんですね。ちょっと印象と違いました」
「ああ…まあキョウカの前だとね」
キョウカに中身が知られていると思うと、サクラではなく私がはみ出してくる。カフェインが相棒みたいな生活だった私には、甘いものにはコーヒーがしっくりくる。
目が合うと、ふわっと微笑まれる。彼女かお前は…。なんでこんなことになっているのか、自分でもよく分からない。まあ、原因の半分はアヤメだ。
部屋で二人で話してから、キョウカは事ある毎に話しかけてくるようになった。「まずは色々話していく」と決めていたので、アヤメも最初はお姉さんモードで優しく接していた。
だが、キョウカが露骨にサクラに甘えるような態度をとり続けるうちに、だんだん目が据わっていった。私の秘密を知られている身としては、キョウカの行動に強く出ることもできない。ゲームでもアクセプタントの仲を掻き乱し分断していくキョウカなので、私としてはそういうもんだと納得できるが、それをアヤメに説明するわけにもいかない。アヤメと二人の時間も減り、ゆっくり話し合うこともできずに、拗らせていくアヤメのフォローもままならなかった。
ぶっすーと不機嫌なアヤメと、意味もなく腕を絡めてくるキョウカに挟まれて味のしない食事をとること数日。いいかげん大晦日も近付き、サクラの帰省問題も放置できなくなって頭を抱える私の部屋に、またキョウカがやってきた。
「なんだかお疲れですね?」
「誰のせいだと思ってるの…」
取り繕う気にもならず、べたーっと机に突っ伏したまま答える。当たり前のようにベッドに腰掛けるキョウカに、抗議するのも面倒だ。
「本当に困っちゃいますよね。アヤメもあんなに態度に出さなくてもいいのに」
「悪いのは全部キョウカだと思うよ」
「サクラ、私には容赦ないですよね」
そう言うキョウカはなんだか嬉しそうだ。まあ、遠慮する気にならないのは事実だけど。
私の抱える秘密を知られてしまっているぶん、逆に気を遣わずに接することができている。最終的には敵になるという意識も、まだどこかにあると思う。最近のキョウカを見ていると、ラスボス化するのかどうか自信が無くなってくるが。
「今日は、サクラのお悩みを解決してあげようと思って来たんですよ?」
「あっそ。ありがと」
「あんまり冷たくされると泣いちゃいますよ?」
本当に瞳を潤ませるキョウカに、よっこらせと向き直る。キョウカも私に対してはかなり気安い態度を取っていると思う。何をどう気に入られたのやら。
「それで?今度は何?」
「えーと、年末までには一度帰る、でしたっけ?そろそろ時間切れになっちゃいますね」
「…そうだね」
「まあ、帰りにくいのは分かります。なので、私とお出かけしませんか?」
「は?」
なんでそうなる?
「家族には手紙を出しておけばいいんじゃないんですかね。今年は忙しくて帰れないけど、私は元気だよって」
「手紙を出すのはいいとして、なんでキョウカとお出かけ?」
「皆さんに一度帰るって言った手前、どこにも行かないわけにはいかないですよね?どこかで時間を潰すなら、お付き合いしますよ」
「…何が狙い?」
「サクラも私に聞きたいことがあるんじゃないですか?アヤメの居ないところで」
キョウカが悪戯っぽく微笑む。この間の続きを聞きたいのは事実だが、どうしたものか。
何か仕掛けてくるつもりなら、いつでもできたはずだ。アクセプタントの中でも最弱を誇るサクラ一人程度、キョウカが本気を出せばあっという間だろう。今のところは直接何かするつもりはないと考えて良いはず。
何を考えているのかは全く分からないが、敵になる前に情報は仕入れておきたい。実際いつ帰るのかについてはタイムリミットが迫っているし、話に乗っかってもいいかも。
「まあ、いいよ。いつにする?」
「いつでもいいですよ。手紙を書くのにどれくらいかかります?」
「今日中には。明日…だと急すぎるか。明後日でどう?」
「分かりました。校外に出ますよね?どこにします?」
「どこって…」
土地勘のまるでない私では、どこに行ったらいいのか見当もつかない。アカメデイアからだらだら坂を下ると駅があって、その周辺には商店もあると聞いてはいるけど。
「…あ、あそこ行ってみたいな。お菓子屋さん。『ともしび』って言うんだけど」
「ああ。部室でいただいたお饅頭もそこのでしたね」
「うん。一度行ってみたいと思ってたんだよね」
ゲーム内で小道具として時々名前の挙がっていた菓司ともしび。素朴だけど甘さが上品で、実際に食べたらファンになってしまった。大抵のものは購買でなんとかなってしまうのでわざわざ出掛けるのもな、と思っていたけど、いい機会かもしれない。
「時間は…実家に帰る体なら午前中かな。えーと…」
ココンとノックの音が響く。返事を待たずにドアが開き、笑顔を貼り付けたアヤメが入ってきた。
「サクラ、そろそろ食堂行くでしょ。迎えに来たよ」
「あ、うん」
アヤメの視線はサクラに固定されたままで、ベッドに腰掛けるキョウカには一瞥だにしない。美人の笑顔は凶器でもあるんだな、と思考を飛ばす私を許してほしい。
「もうそんな時間なんですね。今日のメニューは何だろ」
「ああ、キョウカもいたんだね。早く行かないと混んでくるよ」
「そうですね。三人で並んで座れる席って多くないから」
暗に何でサクラの部屋に居るんだよ、一人で先に行けば?と告げるアヤメと、全く気付かないふりで応じるキョウカ。二人とも笑顔だが、やってるのは言葉の殴り合いだ。食事前なのに胃が痛い。
結局そのまま三人お手本のような笑顔で食堂に向かい、いつも通り二人に挟まれてご飯を食べた。いい色合いの南瓜の煮付けなのに、粘土を食べてるみたいだ。うふふあははと交わす当たり障りのない会話に、ごりごり精神を削られる。誰か助けて…。
…まあとにかく、そんなこんなで私達はこうして卓を挟んで座っているわけだ。カンナとマユミはもう帰省しているし、私も抜ければ残るアクセプタントは四人。真面目なアヤメはアカメデイアから離れないはず。離れないよね?キョウカと二人でいるところを見つかったらどうなるか、想像もしたくない。
「うふふ、楽しいですね」
「そう、良かったね…」
長い、長い溜め息がサクラの口から漏れた。




