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パステルカラーストーム 7

 ぐわっと喉を遡ってくるものを、慌てて飲み込む。口元を押さえる手が、冷たい汗で濡れている。心臓がばくばく暴れている。息を止めていることに気付いてぶはっと吐き出すと、また酸っぱいものが込み上げてきた。浅く鼻で息をして、落ち着くのを待つ。


「大丈夫ですか?」


 キョウカが心配そうに声を掛けてくる。その手には、見せつけるように私を映した鏡を抱えたままだ。この野郎…。

 びっくりして吐きそうになるなんて初めてだ。久しぶりに見る自分の姿が、ここまでインパクトあるとは。ていうかひどい見た目だな私。毎日が忙しくて気を遣う暇も無かったとはいえ、もうちょいこう、何とか…。


「少し落ち着きましたか?」

「…何とかね」


 まだ心臓は暴れているが、吐き気の発作はおさまった。涙の浮かんだ目で、キョウカの様子を窺う。眉を下げてこちらを見るキョウカは、心から心配しているように見える。向けられているのは、明確に悪意だが。

 口元に当てていた手を見る。華奢な、白い手。視界の端で、ピンクの髪が揺れる。


「…私はサクラだよ」

「…ふぅん。思ったより手強いですね」


 鏡に映った真実はどうあれ、今のこの体は間違いなくサクラだ。ぎっとキョウカを睨みつけると、鏡の中の私が睨み返してきた。まあさっきの死んだ目よりはマシか。


「その質問、そのまま返すね。あなたは誰?」

「キョウカですけど?」


 きょとんと首を傾げると、水色の髪がさらりと流れる。見た目は本当に可愛らしいから腹立たしい。


「ふふっ、そんな顔もするんですね。もっと優しい人かと思ってました」

「敵に優しくできるほど人間できてないからね」

「敵になるつもりはないんですけど」


 鏡が消え、私の姿も見えなくなる。笑みを浮かべていたキョウカが、すっと真顔になった。


「では、サクラ。どこまで私のことを知っていますか?」

「…大して知らないよ」

「知っている範囲で構いませんよ。それによって、どんなお話をするのか変わってきますから」


 私が知っているのは、ゲーム真章でのキョウカだ。どこまでここにいるキョウカと一致するのか分からないし、私の手の内をどこまで見せていいのかも分からない。どう答えるべきか。

 キョウカはまっすぐ私を見つめたままだ。なるべく簡単に、キョウカを一言で表すとしたら何だろう。


「…生贄」

「ひどい言い方ですね。傷付きます」


 アクアマリンの瞳を潤ませて、キョウカが俯く。否定しないということは、そこはゲーム通りか。


「キョウカっていうのが、本当の名前じゃないことも知ってる。アカメデイアの生徒じゃないってことも」

「今はキョウカで、ここの生徒ですよ?」


 キョウカが悲しげに俯いたまま答える。そうしていると本当に弱々しくて、こっちがいじめてるみたいだ。


「今、こうして現れた目的は何?」

「それも知ってるんじゃないんですか?」

「キョウカの口から聞きたい」


 真章の内容には色々納得いかないところも多かった。ゲームで語られていた内容が全てだとは思えない。キョウカが素直に真実を語るとも思えないが、私の持っている情報と合わせればより正確に実態に迫ることができるはず。

 キョウカが顔を上げる。予想外に真剣な表情に、思わずどきっとした。


「分かりました。隣に座ってもいいですか?」

「…いいよ」


 キョウカの意図が分からず、躊躇ってしまった。今のところ害意はないようだけど、間合いを詰められるのはなんだか怖い。

 椅子を立ったキョウカは、そのまま私の右隣に座った。しばらく無言のまま、ベッドに二人で腰掛ける。ちらっと横を見ても、表情からは何も読み取れない。サクラよりも少しだけ小柄なキョウカは、目線を下げると瞳に浮かぶ感情が見えないのだ。


「…昔話をしましょうか」


 キョウカの手に、また鏡が現れる。映っているのは二人。一人は私。相変わらずのもっさり部屋着だ。

 そしてもう一人は、小さな女の子。ぼさぼさの髪と、薄汚れた肌。生成りの着物はぼろぼろで、何とかその痩せこけた体を覆い隠しているだけだ。落ち窪んだ眼窩からこちらを見返す焦茶の瞳だけが、ぎらぎらと光っている。


「むかしむかし、山のふもとの村に、一人の女の子が住んでいました」


 そしてキョウカは語り出した。

 遥か昔、生贄に捧げられた自分の物語を。

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