パステルカラーストーム 6
「こんにちは、サクラ。失礼しますね」
キョウカはするっと部屋の中に入ってくる。入っていいって言った覚えは…いや言ったか。アヤメだと思って「どうぞ」って言っちゃった。
明るい空色の瞳で私の部屋を見回す視線は、何かを検分するように感じられた。纏う雰囲気も、今までのどこかおどおどしたものではない。戸口に立ったままの私と目が合うと、ふっと口の端を上げた。
「一度ゆっくりとお話をしたいなって思って。座りません?」
そう言うと、勝手に椅子を引いて座った。サクラもベッドに腰掛ける。身長は同じくらいだが、椅子に座るキョウカの方が目線が上になり、見下ろされるような形になる。
ゆっくりお話を、ねえ?ゲームでアヤメやマユミに仕掛けてきた時に使った台詞。今回はサクラが的になったってことか。
「それで?何を話したいの?」
なるべく感情を込めないように、笑顔を作りながら聞くとキョウカは吹き出した。
「ふふっ。すっごく警戒されちゃってるなあ。私、何かしちゃいました?」
「ごめんね。けっこう人見知りだから、私」
声のトーンが変わったわけではない。表情も穏やかに微笑んでいるだけだ。それなのに、このプレッシャーは何だ。膝の上で握る手に力がこもる。
「せっかくだから、皆さんのことをもっとよく知りたいと思っただけです。サクラがいちばん話しやすそうだなって思ったんですけど」
「そっか。ありがと」
そういえば「サクラ」って普通に呼べるようになってるな。「サクラさん」が中途半端に詰まったような呼び方は演技だったか。
「サクラは実家が近いんでしたっけ?私もこのあたりなんですけど」
「うん。近いって言っても、汽車で一時間くらいかかるけどね」
「そうなんですね。大晦日までには一度顔を出す、でしたっけ」
「よく覚えてるね。キョウカもちょこちょこ帰る、んだっけ?」
「ええ。本当にすぐ近くなので」
キョウカの視線がすっと逸れて、机の上の冬休みの宿題に向けられる。その下には、まだ白紙の外泊届。寮を離れる時には、いつからいつまでどこに泊まります、という届け出が必要だ。食事の準備とか安全管理とかで色々面倒らしい。
窓から差し込む光に照らされて、キョウカの水色の髪が輝く。白く細い指がゆっくりと机をなぞり、宿題の山に触れる。絵面は綺麗だが、それサクラの私物。勝手に触るな。
「宿題もたくさんだし、けっこう忙しいですよね。私、勉強は得意じゃないから大変です」
「私も。アヤメにお願いして勉強会やろうかなって思ってるんだ。キョウカも一緒にやる?」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
何かこう、距離感を測るような腹を探るような会話は疲れる。いっそ私はお前の正体を知ってるぞ、と言ってしまった方が楽だろうか。
宿題を見ていたキョウカがサクラに向き直った。明るいアクアマリンの瞳が、底知れない深さに見えてぞわっと肌が粟立つ。
「それで…あなたは誰、ですか?」
「誰、って…」
いつの間にか、キョウカの胸元に鏡が現れていた。両手で抱えるようにしたそれに、ベッドが映る。
ベッドの上に、腰掛ける人影があった。
地味なスウェットの部屋着。とりあえず後ろで括っただけの、ろくにケアしていない黒髪。見えるところだけなんとかしてればいい、という感じの雑な化粧。眼鏡越しの目元には、消せない隈が残っている。暗く生気のない瞳が、じわじわと驚きに見開かれていく。
「あなたは、誰、ですか?」
キョウカの静かな声が、くわんくわんと遠く響く。
真実を映す鏡の中には、私がいた。




