パステルカラーストーム 4
校長先生のおはなしが淡々と続く。アカメデイアの終業式は、まんま日本の学校の終業式だ。ゲームの設定考えた人、もう少し色々詰めたほうが良かったんじゃなかろうか。アヤメと並んで座り、ぼんやり聞き流す。
キョウカが部室にやってきた次の日から、キョウカのクラスの子に色々話を聞いてみた。誰に聞いても、「おとなしい子」「あんまり話したことない」といった感じで、輪郭が見えない。
特に親しい友達:なし。得意な教科:分からない。好きなこと、趣味:さあ?
同じクラスにいながら、誰もキョウカのことを知らない。というか、今まで同じクラスにいなかった、ということか。
どれだけおとなしくて影の薄い子でも、半年以上一緒に生活していれば何かしら記憶に残ることはある。体育で二人一組になったとか、グループ活動で一緒に調べ物をしたとか。そういう時に何もしていなかったとしても、「何もしていなかった子」という印象は残るものだ。キョウカについては、それすらない。
部室に来た時に、アヤメは見覚えがないと言っていた。私も同じだ。やっぱりキョウカは、最近になって突然降って沸いた存在で間違いないらしい。
今までいなかった人が突然クラスに現れ、まるでずっといたように振る舞っている。周りも違和感を感じつつも、それを受け入れて生活している。まるでホラーのような設定だが、ゲームのキョウカはそういう存在だった。
真章は逐次公開される形式だったので、過疎化した末期とはいえ考察勢が色々湧いていた。今までのメインキャラとは違う命名規則。攻撃力ゼロの鏡という武器。キョウカとは何者か。杏の花じゃないの。だったら素直にアンズでよくない?メインキャラは三文字の法則に当てはまるし。アンズだと明るい空色って違くない?じゃあ何?泉鏡花?いや漢字三文字だけどさ。何でいきなり文豪が出てくるのよ。公開初期はまだそんな平和?なやりとりが交わされていた。
ストーリーが進むにつれて、徐々に陰鬱な描写が増えていく。キョウカの鏡は真実を映す。人は誰でも、見せたくない内面を抱えているものだ。知られたくない感情を隠し、見せたい自分を装って、周りに合わせて生きている。そうして保たれている安寧に、鏡の突き付ける真実は風穴を開けていく。
アヤメとマユミが標的になったのは、どちらも複雑な感情を裏に隠し、求められる自分を演じていたからだ。私はゲームの真章でその背景を知ってしまっているけれど、それで二人を嫌いになったりはしなかった。むしろその葛藤を知ったことで、よりそのキャラのことを好きになったというか。でもまあ、思春期に隠していた秘密を暴かれるっていうのがどれだけ辛いかっていうのはよく分かるし、それを利用して操ろうとするキョウカに対するヘイトはストーリーが進む毎に爆増していった。
何にせよ今まで愛着を持って接してきたキャラを傷付けるようなストーリーは悪趣味だと思ったし、そこで明かされていくエクストラの真実やキョウカの背景についても納得がいくものではなかった。だからサ終直前のシナリオライターの反乱じゃないのかとか、辻褄合わせようとして破綻したんじゃないかとか、そんな議論がいつまでも続いたのだけれど。
「では、来年も皆さんの元気な顔が見られることを楽しみにしています」
校長先生のおはなしが終わり、ざわざわと皆が動き出す。アヤメに続いて、サクラも椅子を持って体育館を出る。教室に戻ったら宿題の説明と冬休みの諸注意を受けて解散だ。一般の学校だったら浮き足立つところだが、全寮制のアカメデイアだとわりと寮に残る人もいるので、いまいち盛り上がりに欠ける。
結局、サクラの帰省問題は結論が出ていない。実家の住所は、生徒手帳というシンプルな手段で解決した。そういえばあったね、緊急連絡先を書く欄とか。住所が完全に日本の都道府県市区町村だったのは正直どうかと思ったけど。
サクラの実家はアカメデイアから最寄りの駅まで出て、そこから汽車に乗り1時間くらい。帰るの自体は難しくはない。ただ、ほぼ知らない家族とどう接したらいいのか分からない。キョウカじゃあるまいし、何事もなかったかのように当たり前に接するなんてできるわけがない。全く帰る素振りを見せないのも皆に怪しまれるだろうし、どうしたものやら。
「あの、サクラs…ちょっといいですか?」
考えながら歩いていたら、後ろからキョウカに声を掛けられた。「サクラさん」と言いそうになって中途半端に止まった感じが何だかもやっとする。
「うん、何?」
「あの、この間話していた訓練なんですけど、いつにしましょうか?私はいつでも大丈夫なんですけど、皆さんの都合もあるだろうな、って思って」
部会では、まずサクラ達1年生で色々試してみて、それから戦術を考えていこうという話になった。緊張しっぱなしのキョウカを見て、まだ1年生同士の方が安心できるだろうという配慮だ。
正直萎縮するようなタマじゃないと私は知っているが、そう言うわけにもいかずにあの日は解散した。日程については何も話していなかったが、どうするか。
「私もいつでも大丈夫だよ。早い方がいいかな?」
「大晦日までには一度集まろうか。サクラ、いつ帰るか決めた?」
そう聞くアヤメはちょっと余所行きの微笑みを浮かべている。お姉さんモードは継続のようだ。
帰るかどうかすら決めかねているけど、時期を失敗してキョウカとアヤメを二人きりにはしたくない。ゲームのようにアヤメが標的にされるかどうかは分からないけど、もしアヤメが傷付けられるようなことがあったら冷静でいられる自信はない。
「うーん、私の家は近いから本当にいつでもいいんだ。この後予定がないなら、今日やっちゃう?」
「あ、はい。ご迷惑でなければ」
「じゃあ、お昼ご飯の後にしようか。特に用意するものはないからね。五時間目のチャイムで、食堂前に集合でいいかな」
「分かりました。よろしくお願いします」
ぴょこんと頭を下げるキョウカに小さく手を振り、それぞれの教室に分かれる。まずは相手の出方を知るところから。自分の席に腰掛けると、アヤメが心配そうに近付いてきた。
「サクラ、あの子は苦手?」
そう言われてドキッとする。そんなに態度に出てた?
「え、何か変だった?」
「うん。あんまり見ない表情だなって。何かあった?」
何かあったというか、これから何かあるというか。言えない事情にもやもやしながら、にっこり笑顔を作る。
「何もないよ。まだ緊張してるのかな。ありがと、アヤメ」
先生が入ってきて、アヤメは納得のいかない顔で自分の席に戻っていった。そっとため息をつく。
やっぱり、私のことを一度きちんと話すべきなのかもしれない。今まで通りが通用しなくなっていく予感に、せっかく冬休みを迎えるというのに私の心は全く晴れなかった。




