真昼の流星群 エピローグ
午前中の雨が空気をすっかり洗い流し、今夜はいつも以上に空が澄み渡っている。地面は湿っているが、濡れるほどではない。乾燥した空気に適度に潤いを与えてくれて、むしろ快適なくらいだ。
第二グラウンドにシートを広げ、その上に毛布を敷く。靴を脱いで座ったら、さらに毛布を重ね掛け。毛布にサンドイッチされて、防寒対策もばっちりだ。水筒には温かいココア。昼の冷えた体に染み渡る幸せな味が忘れられなくて、また作ってもらった。
「うん、いい感じだね。ここなら校舎の灯りも気にならなくて、観測には向いてる」
隣に同じく毛布サンドのアヤメが座る。にこにこ上機嫌な様子を見て、ほっと息を吐く。
お昼からぶすーっと不機嫌になったアヤメ。理由を尋ねても「別に」としか返ってこない。まあ皆と一緒にお風呂に行ったことで、自分が仲間外れにされた感じがして嫌だったんだろうけど。ゲームじゃこんなにサクラに執着する子じゃなかったんだけどな。むしろサクラの方が依存気味だったというか。
まあとにかくこのままの状態は嫌だったので、色々頭を働かせて誘ったのだ。
「流星群、見に行かない?」
と。
「流星群?」
「うん。何だかね、この時期に来るらしいよ。新聞で見た」
新聞では見てないが、イベントストーリーの都合上この時期にピークが来るのは間違いないはず。ネットがあればググって一発なんだけど。
「そうなんだ。二人で?」
「うん。一緒に見に行きたいなって」
「そう。…ナズナ先輩は来ない?」
「うん?うん」
「そう。そっか、うん」
澄ました表情を取り繕っているが、アヤメが目に見えて上機嫌になっていく。こんなにチョロ…単純なキャラだったっけ?
「私も調べてみるよ。ありがとう、サクラ」
「ううん。ありがと」
そんな会話を休み時間にしていたと思ったら、アヤメは放課後までに最適な観測時間を調べ上げていた。新聞と理科年表くらいしか情報源が無いはずなのに、何をどうやったんだろう。
観測に適しているのは、日没後月の出まで。今日は月の出が午後9時頃らしいので、夕食を済ませたらしっかり厚着をして、人工の灯りが少ない開けた場所に行く。細々とした
注意点を話すアヤメはすごく楽しそうだ。こっちまで楽しい気分になってくる。
そんなこんなで、私達は周りに何もない第二グラウンドに大荷物を抱えてやって来たのだった。二人くっついて座り、懐中電灯を消すと辺りは真っ暗になる。暗闇に目が慣れてくると、今まで見たこともないほどの星屑が天を埋め尽くしていた。圧倒されて空を見上げていると、すうっと光の線が走る。
「あ、今光ったよ」
「うん。私にも見えた」
じっと見上げていると、あちらこちらで思い出したように星が流れていく。流星群と言うとばあっと一斉に流れ星が現れるようなイメージだが、そういうものでもないらしい。
アヤメの手が肩に伸びてきて、そのまま後ろに倒された。ぺたんと地面に寝転がる形になると、アヤメも私の横で同じ体勢になった。毛布をごそごそ動かして、二人の毛布を一つに重ねる。アヤメの体温で温まった空気が心地良い。
「…流星は空全体に流れるから、こうして寝そべってた方がいいんだよ」
「そうなんだ」
アヤメの目が空の星を映し、きらきら輝いている。深い紫の瞳は、宇宙の色をそのまま移したみたいだ。頭を寄せて、こつんとぶつけてみる。毛布の中で手を見つけ出して握ると、アヤメも握り返してくれた。
今夜は風も無く、薄が揺れる音すらしない。お互いの呼吸と鼓動しか聞こえない中で、音も無く流れる流星をただ見つめる。
「サクラは、何か願い事するの?」
「願い事?」
「流れ星に願い事を唱えると叶うって言うでしょ。何か考えてるのかなって」
そういえばそんなのもあったな。流れ星が消えるまでに三回唱えれば叶うんだっけ。今までに流れてるのを見る限り、とてもそんな時間は無さそうだけど。
「考えてなかったな。どうしよう」
「私は…決めてるよ」
「そうなんだ?」
「うん…私はね」
「うん」
アヤメの瞳がサクラをまっすぐに捉える。深く暗い紫の中に、ゆらゆらと揺れる熱が見えるような気がして、目が離せなくなる。
「私は…ッ」
突然空が明るくなった。びっくりして空を振り仰ぐと、長く白い尾を引く星が空を横切っていくところだった。明るく輝く光球が、月のように地上を照らす。
白い尾は光球が通り過ぎてもしばらく残っていた。ゆっくりと霞むように消えていく光を、茫然と見上げる。
「何、今の。彗星?」
「いや、あれも流星だと思う。たぶん、大きな塊が落ちてきたんじゃないかな。隕石に近いやつ」
「そうなんだ…」
現実離れした光景に、頭が痺れるような感覚になる。夜空はまた静けさを取り戻し、時々思い出したように小さな星が流れていった。
「あ、今のだったら願い事間に合ったんじゃない?けっこう長かったもんね」
「…ああ。そうだね。すっかり忘れてた」
「えー?」
「いいんだ。大丈夫、叶えてみせるから」
静かな、落ち着いた声。空を見上げる横顔は、びっくりするくらい綺麗だった。
それから、お互いに言葉を発することもなく空を見上げていた。月が東の空を青白く染めるまで、私達は世界にお互いしか存在しないような時間をただ過ごしたのだった。
真昼の流星群編、完結となります。
明日からは新編開始いたします。更新ペースを変えるかもしれませんので、今後もお付き合いいただけるようでしたらブックマークお願いいたします。




