真昼の流星群 10
「真昼の流星群」。メインストーリー新章投入とほぼ同時に始まった、運営としても今までとは違う戦闘パターンを試したかったんだろうというのは痛いほど感じたイベントだ。ゲームリリースから半年。アクティブユーザーは減少する一方で、危機感があったのだと思う。
マユミが敵の出現を予想し、備えていく流れは今までのストーリーと変わらなかった。だが、イベント戦闘が始まるとネットは不満の声で溢れかえることになる。
冬の流星群の時期。昼間は空が明るくて見えないけど、流れ星はずっと落ちてきているんだよ、という会話が前振りではあった。戦闘が始まっても、画面に表示されないエクストラ。ん?と思っていると、いきなりキャラの目の前に現れて攻撃を喰らわせ、また消える。反撃しようにも見えない敵には攻撃できず、出現タイミングはこちらがダメージを受ける前後1秒以内くらいだけだ。
戦術としては、前衛を犠牲にして攻撃を受けている間に後衛の遠距離攻撃で倒すか、範囲攻撃か全体攻撃のスキルで見えない敵ごと消し飛ばすしかない。今までとは全く違う編成が求められるという点では運営の目論見通りだったのだろうが、ユーザーとしては正直ストレスしかなかった。敵に一方的にやられるという状況が受け入れられると本気で思ったんだろうか。
さらに悪いことに、このイベントで初めて連戦システムも導入された。一度編成を決めると、ボス戦終了まで編成を切り替えることができない。今までは出現するエクストラとの相性を考えて一戦毎に切り替えられていたものが、最初にボス戦まで見越して編成しなければいけなくなったのだ。縛りプレイが好きな層には受けるだろうが、ライトユーザーを抱えてなんぼのソシャゲではどうなのだろう。イベントは盛り上がらず、運営に対する不満ばかりが募っていった。
まあそんなこんなで、「真昼の流星群」はサ終を決定付けたイベントと言われるまでの存在になったのである。一応連戦システムはその後のストーリーでも使われていたが、見えない敵は二度と出現しなかった。プログラムを組んだ人、ご愁傷様です。
…とまあ、そんなイベント戦闘に実際に放り込まれた身としてはどうしたらいいんだろうね?
エクストラの気配は近付いてきている。たぶんもう森から出て、薄の海を進んでいる所だろう。ざわざわ揺れる薄が、全部エクストラに見えてくる。
今使える戦術は何だろう。後衛はマユミ一人。ゲームのセオリーでいくなら、前衛でタンクの素質があるカンナが突出して攻撃を受け、その一瞬のタイミングでエクストラを倒していく、ということになるんだろうけど。
カンナをちらっと見る。手持ち無沙汰そうに両手をぶらぶらさせてマユミと話している、生身のカンナ。ゲームのように、お前犠牲になれ、なんてできるはずない。どうしたらいい?
「マユミ先輩」
「なあに?サクラ」
「とりあえず、気配のする方を見てきてもいいですか?違う人が見たら、何か気付くかも知れないですし」
まずは今回の敵の特殊さを皆が認識するところからだ。からくりが分かれば、きっと何かしら打開策を考えてくれる。
ゲームと同じなら、攻撃をする一瞬前にエクストラの姿が見えるはず。倒すのは無理でも、サクラの杖なら弾き返せたりしないだろうか。最初の襲撃はエクストラの数も少ない。いきなりリタイヤレベルまでダメージを受けたりはしない、はず。きっと。そうだといいな。
「いいねいいね〜。じゃ、行こっか」
カンナが真っ先に食いついた。いやそんな軽いノリで言われても。
「えーと、カンナ先輩はさっき行ったので、今度は私が」
「え〜、つまんない〜」
エクストラとの戦いが迫っている感覚がある中、何もせずに待っているのは落ち着かないのだろう。マユミも少し悩んだ顔をしたが、サクラの申し出を受け入れたようだ。
「うーん、二人で行くのはいいけど、離れすぎないようにね。サクラ、カンナが言う事聞かなかったら叩いていいから」
「はい」
「酷くない?」
抗議しつつもどこか楽しそうなカンナと共に、グラウンドを横切り薄の海に足を踏み入れる。サクラの身長を超えるほどに伸びた薄に遮られ、見通しが効かない。感じる気配だけを頼りに、枯れ草を掻き分け進む。
視界全てが茶と白になったところで、エクストラの気配が一気に強まった。見えない敵に向けて杖を構える。感じる感覚からすると、数は多くて10。たぶん『ネズミ』。一斉に食らい付いてきたりしない限り、サクラでも耐えられるはず。
次の瞬間、薄が左右に弾け飛び、巨大な口が目前に現れた。上下左右、見渡す限り口、口、口。正面から、空から、一斉に『ネズミ』がサクラに押し寄せる。
杖を…と思った時には、朱色の炎がエクストラを呑み込んでいた。カンナが真正面の2体を一撃で葬ると、振り返りざまに空から降ってくる『ネズミ』を黒い靄に変えていく。右から迫る『ネズミ』が、サクラが振り回した杖に弾き返された。左は、と目を向けた時には、もうカンナの拳が全て片付けた後だった。右に転がる『ネズミ』をマユミの矢が打ち抜き、エクストラの気配が消える。
「…瞬殺…」
見えない敵とか関係なかった。接敵した瞬間に全てが片付くとは。ゲームで攻撃速度トップのカンナ。まさに火の玉だ。
両手をぶらぶらさせながら、カンナはまだ森の方を見ている。ゲーム通りの連戦システムなら、すぐに次が来るはずだ。
「カンナ先輩、一度戻りましょう。次が来る前に話し合いを…」
言葉の途中でぱた、と帽子に何かが当たった感じがして空を見上げると、暗い空から雫が落ちてきた。ぱた、ぱたた、とまばらだった音が、すぐにさあっと連続する雨音に変わる。
「…しばらく降るねぇ、これ」
カンナがぽつりと呟く。明るい赤髪が、雨を含んで暗く濡れていった。