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十五夜ハロウィンパーティ 13

戦闘描写の中にゴア表現があります。苦手な方はご注意ください。

 満月に照らされたアヤメの姿が、やけにくっきり見える。

 冗談みたいにゆっくり、ゆっくり落ちてくる体から、黒い水滴が零れ落ちている。脚が変なところで曲がっている。

 すぐに駆けていきたいのに、水の中にいるみたいに足がうまく動かない。開いた口から、音にならなかった息が漏れていく。

 アヤメ。アヤメ。アヤメ。

 頭の中で、出したい音は渦巻いているのに。喉が動かない。足が動かない。自分の体なのに、何一つ思い通りにならない。ただアヤメから目が離せない。頭から地面に落ちて。そして。

 ぐしゃりと転がるアヤメの体が、速度を取り戻す。


「アヤメ!」


 ようやく仕事をし始めたサクラの喉が、悲鳴に似た叫びを上げる。ばらばらに放り出された手足は全く動いていない。全身の血が、すうっとどこかに消えていくような感覚に襲われる。


 ダメだ。

 私までぐにゃっとなるな。

 守るって約束した。

 今度は、私もアヤメを守るって。

 私の、サクラの力で。


 両手で握る杖全体が発光する。宝玉が熱をもち、渦巻く花弁を吹き上げた。僅かに紅を含んだ白い花びらが、満月に照らされ降り注ぐ。

 アヤメの体に落ちた花びらが、溶けるように消えていく。吹雪のように渦を巻き、次々と散り積もる花弁でアヤメの姿が見えなくなる。相変わらずもつれそうになる足で、必死に走る。

 最後の花びらが消え、アヤメの体が薄明るく光っている。大きな傷は見えないが、白い頬と唇に色がない。胸が浅く上下している。


「サクラ!」


 カズラの声に振り向くのと、エクストラの足が振り下ろされるのが同時だった。先端に行くほど細く尖った足を、振り向きざまに杖で打ち返す。肘までビリビリと衝撃が走る。ノックバックの効果はあるようで、明らかに力負けしているのに弾き返すことはできた。


「まずは敵に集中!攻撃に備えて!」


 半身を大きく損傷しているが、巨大エクストラはまだ止まらない。カズラとサカキが次々に攻撃を繰り出す中、ゆっくりと体をこちらに向けている。片方残った暗い目が、まっすぐにサクラを捉えた。

 杖を真正面に構える。大丈夫。攻撃は弾き返せる。絶対にアヤメを守る。首の後ろに、弱く電気が当たっているみたいにチリチリした感触が走る。

 棘だらけの尻尾を高く掲げ、振り回しているのが見える。カズラが何か叫んでいるが、よく聞こえない。キーンとした音が、頭の奥の方で聞こえる。

 ごうっと音を立て、尻尾が振り下ろされる。視界を覆い尽くすそれの中心に向かって、杖を思い切り突き出す。

 バキイィィンと硬質な音が響き、紫の風が横を通り抜けた。きらきらと雪の結晶が舞う。弾き飛ぶ尻尾から、白刃に切り落とされた棘が散っている。


「ごめん、遅くなった」


 アヤメがサクラの右斜め前に立つ。元々色白の顔が、薄青いまでになっている。息は荒いが、敵を見据える目には強い力が込められている。


「アヤ、ヴェェェ」


 呼びかけようとした口から、潰れたカエルみたいな音が漏れる。涙が、鼻水が、顔から出せる体液が溢れ出す。よかった。生きてる。それ以外の思考がどこかにすっぽ抜ける。ぐちゃぐちゃに崩れた顔をめちゃくちゃにローブの袖で拭う。


「サ、サクラ?」

「お、ゑ、ヴェォ、フグゥ」


 さすがにアヤメも引き気味になる。何かまともな言葉をかけたいのに、意味のある音が出てこない。しゃくり上げる合間に息をするだけで精一杯だ。


「もう一発、来るよ!」


 カズラが叫ぶ。涙で霞む視界の向こうで、尻尾が振り上げられているらしいのが見える。感情が暴風雨になっている中で、なんとか杖を構える。

 と、次の瞬間銀の雨が降り注ぎ、エクストラの動きが止まった。


「邪魔立てするでない、この痴れ者が」


 サカキの全体攻撃のようだ。動きを封じられた巨体に、カズラが猛然と鞭を叩き込む。


「サクラ」


 アヤメの両手が、私の頬を挟む。いろんな液体でぬるぬるになっているだろうが、そんなことはお構いなしにぐっと顔を引き上げ、サクラを正面から覗き込む。熱を帯びた紫の瞳に、桃色の瞳が反射している。


「今はまずあいつを倒そう。力を貸してほしい。私の近くにいて。まだ全力とは言えないけど、サクラが傍にいてくれれば動ける」

「…ひぃ」


 はい、と発音できなかったが意思は伝わったようで、アヤメがぐっと踵を返してエクストラに向き直った。私もアヤメの斜め後ろに並ぶ。まだ涙は流れるが、ちょっとだけ落ち着いた。この距離なら、自動回復が有効だ。


「行くよ」


 アヤメが走る。私も距離を保ち続いた。動きの鈍くなった巨体の、カズラが削り落とした断面の前に飛び出す。


「はあっ!」


 薙刀の刃が白く輝き、剥き出しになった肉塊を切り裂く。断面から凍り付いていくその中心に、カズラの鞭が飛ぶ。


「これで、どうだぁ!」


 内側に竜巻を叩き込まれ、エクストラの全身が一瞬膨らんだように見えた。次の瞬間、爪が、足が、尻尾が、接続部から弾け飛んでいく。体育館サイズの胴体が巨大な黒い靄になり、そして白い光の粒子になって消えた。


「終わっ…た…?」


 きらきら漂う光の粒はすぐに消え、しんと冷たい月光が私達を照らす。静かになったグラウンドに、何事もなかったかのように風が吹く。


「これで終わりみたいだね。サクラ、お疲れさまうーわ」


 カズラが労いの言葉の途中で引いた声を出す。視線を追うと、サクラの白いローブの両袖がべちょべちょだ。涙に濡れた、という美しい感じではなく、なんというかねっちょりしていて「汚い」としか表現しようがない。


「サクラ」


 アヤメの声に振り向くと、ぎゅっと抱きしめられた。アヤメの首元に顔を埋めるような形になり、被っていた帽子が落ちる。まだべっとりしている頬がアヤメにくっつくのを感じて慌てて離れようとすると、逆に力が強くなる。


「ちょっとこうさせて…立ってるのがつらい」


 掠れた声で告げられ、体を支えるように背中に腕を回す。もたれかかってくるアヤメの体重が心地よい。体温を感じ、私に残っていた緊張も解けていった。

 本当に危なかったけど、みんな無事に終わった。サクラの回復、ちゃんと役に立った。今こうしている間にも、自動回復でアヤメを癒しているはずだ。

 目を閉じ、アヤメの呼吸を聞く。触れる肌から、鼓動が伝わる。

 生きてる。それが本当にうれしい。回す腕に力を込めると、アヤメも抱きしめ返してくれた。


「あー、お二人さん?一度食堂に戻ろうか。みんな心配してると思うし」


 カズラが鼻白んだ声を出す。サカキも近くで何だか生温かい目で私達を見ている。

 そうだ。食堂の皆にも無事な顔を見せないと。おにぎり食べて、今日は早く寝よう。


「しかし中間試験前に終わって良かったよね。試験中だと再試験をお願いしたりで大変だから」


 …中間、試験?

 ふわふわしていた思考が、一気に現実に叩き落とされる。中間試験。月間予定だと…明日。明日!?

 また頭の奥でキーンとした音が聞こえてきた気がする。皆の会話が遠くで聞こえる。え、どうしよう。絶対ヤバい。




 次の日、違う涙で袖を濡らすことになったのはまた別のお話。

今回で十五夜ハロウィンパーティ編本編終了です。

次回はエピローグです。

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