03 厄災前夜[前編]
「おっ……と」
「大丈夫か?」
「マティーちゃんはいつものアレでしょ?」
白昼夢を見て倒れかけた私を誰かが支えてくれた。
そのままゆっくりとソファーに誘導する誰か。
「マチルダ! 大丈夫!」
「は、はい……いつものアレです」
私は苦笑を浮かべながら、私を支えてソファーまで誘導してくれた臙脂色の髪と瞳を持つ青年、ジェラルドさんを見上げる。
ジェラルドさんはマードック家当主、スヴェン・マードック叔父様の息子だ。
つまり、私の父方の従兄弟である。
ウィリディシア様と同じ19歳であるジェラルドさんは、騎士学校卒業後、第1王子ソルティード様の護衛を任されている。
「固有魔法か……。とはいえ、休日は休むものだろう、ウィリディシア。お前は趣味が仕事なのかもしれんが、お前が休みなく研究をすればマチルダも手伝わざるを得ないぞ」
「いえ、ソルティード様。私は自主的に……」
ユスティート様と同じプラチナブロンドの髪に、金色の瞳を持つ長身の青年。
生まれながらに金色の瞳を持つ第1王子。
彼こそが、次期国王でありウィリディシア様の婚約者であるソルティード様だ。
「マティーちゃん、気にしない気にしない。ソルトは大好きな婚約者のウィリーちゃんが休日も仕事しちゃって、デートもしてくれないから不機嫌なだけ」
「ジェラルド、いくらなんでも不敬じゃないか?」
「ウィリーちゃん、助けて! 君の婚約者に不敬罪で殺される!」
「人聞きの悪いことを言うな。仮に不敬罪で殺されても自業自得だろう。そしてちゃっかり俺のウィリディシアに助けを求めるな」
目の前で漫才を始める王子と護衛。
私は視線でウィリディシア様に助けを求めるが……。
「“俺の”ウィリディシア……」
ウィリディシア様が顔を真っ赤にしてそう呟いていた。
「ソルティード様、ジェラルドさん、取りあえず座りませんか?姉さんも、そろそろ休憩にしたら?」
「スライくんは気が利くねぇ」
ジェラルドさんがワシワシとシルヴェスターさんの頭を撫でる。
シルヴェスターさんも満更ではなさそうに紺色の瞳を細めた。
アッシュフィールド家の使用人さんたちがお茶やお菓子を運んでくれ、まるでお茶会のような空気になった。
「丁度良かったです。レイがジェラルドさん宛の手紙も持ってきていて……」
ジェラルドさんは開封して少しだけ中身を見ると、すぐにその手紙を大切そうに懐に入れた。
「…………読まないのか?」
「バニーちゃんからのラブレターは独りの時間にじっくりのんびり楽しむでしょ」
「ラブレターっておま……。そしてまさか“バニーちゃん”ってのはヴァニタスのことか?」
「可愛いでしょ?」
「お前が本当に不敬罪で舌抜かれても、俺は知らないからな」
ジェラルドさんとソルティード様はまた漫才のような会話を始める。
「…………マチルダ、ごめんね。よく考えたらソルティード様の言う通りだわ。私が適度に休まないと、マチルダも休めないわよね」
ウィリディシア様がティーカップを持ちながら俯き加減に呟いたので慌てて首を横に振った。
「ジェラルドさんも言っていましたが、疲労などではなくて、いつもの固有魔法です。こちらこそコントロールできず、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
そう、私の固有魔法『写実描写』は、コントロールができないのだ。
外出先でふらりと倒れて意識を失うことも日常茶飯事。
しかも、そこまでして見た光景も、あまり役に立つものはない。
ここまできたら呪いの一種ではないかと悔しくなる。