02 厄災前夜[前編]
【白昼夢/マチルダ・ピンコット】
真っ白な白衣を着た女性が忙しそうに仕事をしている。
黒い髪に黒い瞳。
でも彼女はウィリディシア様に何処か似ている。
どんなに忙しそうでも、「処方が間違ってるんじゃないか?」と電話口で医師と口論しながらも、活発に働く彼女は何処か楽しげだ。
*
「キリエ、ただいま」
帰宅した彼女……青枝 樹理が呼び掛けると、チリリンとオレンジ色の首輪を鳴らして真っ白な猫が駆け寄った。
樹理は靴を脱ぐとキリエと呼んだ猫を抱き上げ、リビングに入るとテレビをつけた。
「…………間に合った」
テレビには4人の男たちが並んで映っている。
司会者に『エリュシオン』と紹介された男たちは別の場所に移動する。
静まりかえる画面の中。
やがて、激しい音と共に3人が楽器の演奏をし始め、1人が叫ぶように歌い出す。
「ほら、キリエ。式睦だよ」
樹理がキリエを撫でる。
キリエは画面の中をじっと見ていた。
青枝 樹理と、ロックバンド『エリュシオン』のボーカリスト“シキ”こと神谷 式睦、そして樹理の腕の中にいるキリエは縁が深いのだ。
*
廃工場で爆発音がする。
樹理が式睦とキリエの名を叫ぶ。
チリリン。
聞き覚えのある音に樹理が目を見開くと、煤や埃で汚れたキリエが廃工場から駆けてきた。
樹理が躊躇わず屈んで両手を伸ばすと、キリエは彼女の腕の中に飛び込む。
樹理がキリエを抱き締めながら立ち上がると、廃工場は大きな音を立てて崩れ落ちた。
「式睦ぁあああ!!」
キリエを抱き締めながら叫ぶ樹理。
彼女の強い瞳から、涙が溢れる。
後日、神谷 式睦の遺体が廃工場の中から見つかった。
*
事件後も、樹理はいつも通り仕事をしていた。
彼女に群がるテレビや週刊誌の記者を「邪魔です」の一言で一蹴し、調剤薬局でパタパタと仕事をしていた。
樹理に邪険にされた記者たちは、彼女と式睦について、あることないこと記事にした。
しかし、彼女は動じなかった。
いつものように出勤して、帰宅して、キリエと過ごしていた。
そんなある日。
帰宅途中の樹理の自動車が炎上した。
何とか路肩に自動車を寄せると、樹理は脱出を試みた。
……が、脱出は不可能だった。
『エリュシオン』のドラマー、朧月ルキアに「キリエをお願いします」とメッセージを送った樹理。
彼女は最期の瞬間、炎上する自動車の中で、携帯電話の中のキリエと式睦と自分のスリーショット写真を見つめて微笑んだ。
*
ウィリディシア様の助手となってから何度か見る“夢”。
これはきっとウィリディシア様の……。