01 厄災前夜[前編]
【アッシュフィールド家/マチルダ・ピンコット】
「ごめんね、マチルダ。せっかくの休日なのに手伝わせてしまって」
「とんでもないです、ウィリディシア様」
「“様”はやめてって言ってるじゃない。貴女は私の未来の義妹なのだから」
ウェーブがかった茶色の長い髪に、翡翠のような美しく、そして理知的な瞳を持つ女性。
彼女こそが“ラスティル学術学校”始まって以来の才媛であり、未来の王妃であるウィリディシア・アッシュフィールド様だ。
固有魔法『薬物精製』を持つ彼女は幼少期から医学や薬学に興味を持ち、学術学校で講師として教鞭を取りながら研究を続けている。
同じ『始まりの四家』の令嬢で、王子の婚約者という立場でありながら、私など足元にも及ばない。
「それにしても……妊娠中の痙攣、ですか?」
「ヴァニタスに頼まれたのよ。王妃様の死について調べているのかしら?」
レオノーラ王妃はユスティート様を妊娠している時に大きく体調を崩され、命と引き換えにユスティート様を産んで亡くなったそうだ。
「ヴァニタス様……ですか?」
ウィリディシア様がヴァニタス様の名前を口にしたのは意外だった。
先程、ヴァニタス様は訳あってティアニー家に預けられていると言った。
それは間違いではない。
だが、正確にはヴァニタス様はティアニー邸にほぼ軟禁状態なのだ。
彼はティアニー邸の敷地内から外に出ることができないし、許されない。
ラスティル王国は、王族でも騎士学校か学術学校のどちらかに通う。
現在18歳のソルティード様は既に騎士学校を卒業され、15歳のユスティート様は今年騎士学校に入学した。
私より1つ年上の17歳で、ご兄弟の中で唯一魔術師向きの才を持ったヴァニタス様は本来であれば今年学術学校を卒業する筈だった。
しかし彼は特例中の特例で、学園にすら通うことが許されなかったのだ。
「レイが手紙を持ってきたんだ」
背後から声が聞こえた。
振り向くと、ユスティート様と同じ15歳にしては背が高い、白フクロウを肩に乗せた少年がいた。
紺色の髪と、同じ色の瞳を持つ少年。
ウィリディシア様の弟で、アッシュフィールド家長男のシルヴェスターさんだ。
シルヴェスターさんの固有魔法『傾聴』は動物や妖精、精霊などの目に見えない存在の声を聞くことができる。
そしてレイさんとは、彼がいつも肩に乗せている白フクロウ。
シルヴェスターさん曰く、レイさんは高位の精霊。
彼女は霊力を満たす為にティアニー家の地下の湖に通っているそうだ。
アルビオンのスライムと同じと言ったら、「あんなのと一緒にするな」とでも言いたげなレイさんにキッと睨まれた。
「きっかけはヴァニタスだけど、これは必要な研究だわ。妊娠や出産で命を落とす女性は少なくないもの。ユスティートは無事だったけど、子供も一緒に命を落とすことも珍しくない」
ハッキリとそう口にするウィリディシアに、白衣の女性の姿が重なった。
…………あ。
これは、いつもの……。