01 餓鬼偏執
【日本/鬼崎 櫻子】
手首を切っても、私は死ねなかった。
病院のベッドの上で目覚め、目覚めた事に絶望した。
両親は私を激しく叱責した。
娘を愛しているからではない。
傷跡が残る事に対しての叱責だ。
両親は私の初恋などどうでもよかったのだ。
むしろ、叶わない方が好都合だったのだ。
私を政略結婚に使いたい。
自分たちの都合の為に、都合の良い殿方と結婚させたい。
それが両親の意向だったのだ。
だから、自殺未遂した私の心配よりも、私の手首に残ってしまった傷跡の心配ばかりを繰り返し、私を叱責する。
自殺未遂した娘を叱責するなど逆効果でしかないだろう事は少し考えれば理解できるだろうに、自分達の都合しか考えられない両親の視野の狭さに絶望した。
退院後、私は式睦と光輝について調べた。
この街に戻って来た式睦は荒れていて、この街周辺の不良たちを束ねていた。
光輝は式睦とも、不良たちとも衝突を繰り返していた。
不良たちの、光輝に対する印象は真っ二つに別れた。
ひとつは、単純に鬱陶しい。
彼らにとって光輝は、自分たちを叩きのめして綺麗事のような説教をかましていく男だ。
不良たちの大半は大人の説教にうんざりして反発している。
そんな不良たちに綺麗事の正論を繰り返しても反発を招くだけだ。
光輝はそれに気づいていない。
もうひとつは、尊敬。
自分たちに単身で立ち向かう勇気に。
そして単身で自分たちを倒してしまう強さに。
憧れている不良たちも少なくなかった。
彼らは口々に、こう言った。
「式睦さんは本気で光輝さんを嫌ってはいない」
「むしろ本心では兄のように慕っている」
苛立ちを覚えた。
むしろ不良たちが皆……式睦を含めて、光輝を嫌っていてくれた方が良かった。
光輝に悪意はないのだろう。
本気で式睦を更生させようとしている。
できれば不良たちも更生させたいと思っている。
光輝は誠実な男だ。
弱きを助け、強きを挫く。
間違っている者には間違っていると諭す、正義感の塊のような男だ。
だから、式睦が戻ってきたことを私に伝えなかったのも、悪意からではないのだろう。
私が傷つかないように。
私の両親に、今の式睦の状態を知られないように。
不良たちとつるんでいる今の式睦を目の当たりにすれば、私の両親は式睦から私を遠ざけようとするだろう。
或いは、両親は既に知っているのかもしれない。
知っていて、私のことを忘れているなら好都合と私に隠したのかもしれない。
光輝が私に式睦が帰ってきたことを隠していたのは悪意ではない。
善意だ。
……それは、理解できる。
それでも私は、隠された事が悲しかった。
だから私は、光輝を憎んだ。
理不尽な憎悪を、私は、光輝へと向けた。




