04 畏怖嫌厭
【騎士団寮/ノア・マードック】
18歳。
ラスティル騎士学校を卒業した僕は騎士団に入団し、寮に入った。
マードック家に戻りたくなかったのもある。
それ以上に、制服の無い生活に耐えられなかった。
まだ女性的な容姿の面影は残っているが、今の僕の容姿は既に男性のそれだった。
声変わりもして、身長も伸びた。
骨格も、筋肉も、女装をするには無理があった。
騎士団の制服のデザインは、男女共に変わらなかった。
脆弱な僕はそれにすがった。
フィニスとも会っていない。
ティアニー家にも行っていない。
“男”に変わり始めた時、僕は抵抗しようと必死だった。
しかし、ある日プツンと糸が切れた。
諦めたのだ。
同時に、幼い頃の僕を知っている者たちを避けるようになった。
輝かしかったあの記憶が塗り潰され、僕の中で黒歴史と成り果てた。
それでも……思う。
僕が女だったら、まだ夢を見ていられたのだろうかと。
颯志を待ち続けていたら、いつかラスティル王国に戻ってきた颯志に愛されるかもしれないと、夢を見続けることができたのだろうかと。
けれど、鏡の中の僕はどう足掻いても男で。
ラスティル王国に戻ってきた颯志と再会しても、彼は僕がノアだと気づかない可能性の方が高い。
今の僕の世界は灰色だった。
夢も希望もない。
もしかしたら、颯志と出会ったあの日にラスティルの森で魔物に殺されていた方が幸せだったのではないかと思う程に、僕は絶望の中、自らの生に意味を見いだせず、ただ生きていた。
ある日、手紙が届いた。
父が死んだと。
最後は僕の方が避けたとはいえ、結局僕は、父に認識されることがないまま別離を迎えた。
*
【マードック家/ノア・マードック】
母が泣いている。
次兄スヴェンが泣いている。
次兄スヴェンの妻、ディアドラが泣いている。
長兄アレクシスも涙を流していた。
僕は泣けなかった。
もう一人、相変わらず人形のようなシェリルもまた、涙ひとつ見せなかった。
そして……。
「ひさしぶりね」
「アデル先生……」
騎士学校の学園長であり、長兄アレクシスの妻であり、『始まりの四家』のひとつであるピンコット家の当主であるアデル・ピンコット。
「浮かない顔ね」
「…………父の葬儀、ですから」
嘘だ。
そして、アデル先生は見抜いている。
騎士学校に入学したばかりの、女装して感情豊かだった僕を知っているから。
けれど、アデル先生は深くには触れない。
フィニスと同じ金色の瞳を細め「そうね」と言って彼女は会話を断ち切った。
沈黙が、今の僕には優しくあたたかく感じた。
「ノア……っと、アデルと一緒だったのか」
「アレクシス兄さん。僕にとっては、ひさしぶりの恩師との再会なのです」
「教え子に恩師と言ってもらえるのは、教師として何よりも嬉しいわ」
アデル先生が微笑む。
このたおやかな女性が、騎士学校では男性教師陣よりも怖れられる鬼教師へと変貌する。
それでも、性別に揺れる僕にとっては、唯一心を許せる恩師だった。
「再会に水を差して悪いが、セオドア陛下がお呼びだ」
「陛下が? マードック当主でもない僕を?」
ラスティル王家は、余程のことがない限り『始まりの四家』から妻あるいは夫を娶る。
つまりラスティル王家と『始まりの四家』は親戚関係にあり、葬儀に現国王が来ること自体はおかしくない。
けれど、僕は当主でもなければ王族の護衛でもない。
ただの新米騎士だ。
僕は首を傾げながら、長兄アレクシスと共に若き国王セオドアの元へと向かった。




