03 無始無終
【ラスティル城・玉座の間/ユスティート】
「さよなら、凛音ちゃん。君の正義は僕には眩し過ぎた……」
スマートフォン越しに凛音ちゃんにそう告げた僕は、爆弾の遠隔スイッチを押した。
爆音。
爆風。
自ら仕掛けた爆弾により、僕自身もあの時死んだ筈だった。
「さぁ、玉座に座れ、ユスティート。…いや、黒須晶仁」
何故だろう。
何故この言葉に僕は逆らえないのだろう。
重い頭と重い身体を引き摺りながら僕は起き上がり、声の主の元へと歩を進める。
「待ってください!」
僕の傍らにいた少女が立ち上がり、制止した。
ふんわりとした長く柔らかい金髪。
茜色の右目。
左目は金色のオッドアイ。
右目に合わせた、茜色のドレスがよく似合っていた。
闇をも優しくあたたかく包み込む、夕暮れのような包容力を持つ少女。
マチルダ・ピンコット。
この身体の持ち主、ラスティル王国第3王子ユスティートの婚約者。
「黒須 晶仁さん……ですね」
マチルダ・ピンコットが“僕”の名を呼び、手を伸ばす。
「生まれ変わっても本質までは変わりません。貴方はユスティート様と同じ、本来は正義感が強く、優しい人です」
前世で、香代が死んだ時……。
いや、香代と出会う前、僕が絶望に膝を折っている時に彼女と出会っていたら、僕はあんな末路を辿らなかっただろうか?
「貴方は、沢山の人々を死に追いやって傷つかない人ではありません」
そうか、僕は傷ついていたのか。
傷ついて、自暴自棄になって、更に手を血で汚して、僕は……。
「まだ間に合います。どうか、私の手を取ってくださ……」
突然、マチルダ・ピンコットの身体が引き裂かれた。
殺人鬼である僕の本性……脆弱さに気づき、その弱さを批難するのではなく『優しい人』と言ってくれた夕暮れ色の少女は、僕の目の前でズタズタに引き裂かれた。
「彼女を殺したのはお前だ、黒須 晶仁」
輝く玉座の傍らで、銀髪の美少年が微笑む。
スピルス・リッジウェイ。
マチルダ・ピンコットを殺したのは、彼の放った魔法だ。
魔法の存在しない世界で生きて死んだ僕だが、“ユスティート”の記憶が教えてくれる。
マチルダ・ピンコットがどれだけ、“ユスティート”を愛し支えてくれたのかも、全て。
「私はお前の模倣犯だからな。お前のように、紙の中での犯罪ではなく、実在の人物を手にかけた。孝憲の書いた小説の登場人物であるお前に、存在すらしないお前に狂わされて……私は」
いつか、フィニス・ティアニーが語ってくれた。
自分の前世は創られた存在だったのだと。
自分は物語の登場人物だったのだと、彼は告げた。
自分は物語の中で非業の死を遂げた。
それでも自分は、自分の産みの親である“父上”を敬愛していると。
あの時は意味がわからなかった。
ただの夢物語だと思っていた。
けれど、今はわかる。
「ユスティートの前世が危険人物? そんな事を言ったら人間という存在な皆危険な存在だ。誰だって罪を犯す可能性はあるし、人を殺す可能性だってある。ほんの些細な、悪意の無い言動で既に誰かを自殺に追い込んでいる可能性だってある」
あの時“僕”の為に激怒してくれたヴァニタスは、確かに“僕”の敬愛すべき“父上”なのだろう。
「…………」
…………いや。
今、こいつは。
スピルス・リッジウェイは、何と言った?
僕の模倣犯?
紙の中の犯罪ではなく、実在の人物を手にかけた?
顔を上げ、玉座の傍らに佇むスピルス・リッジウェイを睨む。
すると、穏やかに微笑んでいたスピルス・リッジウェイは、唐突に鬼の形相になった。
「さっさと玉座に座れ、黒須 晶仁。そして固有魔法を発動しろ。私が憎いだろう?」
あぁ、憎いよ。
僕の中の“ユスティート”が嘆き悲しんでいる。
僕自身、マチルダ・ピンコットをあんな形で惨殺したお前を許せない。
「私ごとラスティル王国の人間を眠らせろ。安楽死だ。お前の完全犯罪を、この私に見せてくれ」
安楽死。
安 楽 死。
その言葉を告げられた途端、感情に反して身体が動き出す。
まるで絞首台の十三階段を上るように、僕の身体は操り人形のように一歩、一歩、玉座へと上がってゆく。
『晶仁さん! 待って!』
マチルダ・ピンコットの必死に制止する声が、どこからともなく聞こえた気がした。




