01 無始無終
【ラスティル城・玉座の間/セオドア】
ヴァニタスを助ける気などなかった。
これっぽっちもなかった。
ヴァニタスはフィニスを殺した。
フィニスだけじゃない。
アルビオンやシルヴェスター、スヴェンまで殺しているかもしれない。
それに、こいつの中身は俺の息子じゃない。
赤津 孝憲という他人だ。
助ける義理なんかない。
蹴り飛ばせば良かった。
なのに……。
吹き飛ばされてきたヴァニタスの姿が、レオノーラに重なった。
思わず……抱き締めていた。
レオノーラ。
奈津美。
すまない。
お前の子供たちを。
お前と僅かな時間暮らした、このラスティル王国を。
俺は守れないかもしれない。
一度目はフィニスと同じ物語の中で、『残響迷夢─惨劇の母体たち─』という物語の中で、創造主として彼女を不幸のドン底に叩き落とした。
この世界での妻、レオノーラ。
彼女の前世の名前は園村 奈津美。
彼女がレオノーラとして生を受けた、この二度目の世界では、俺は無力な夫として、若くして逝った彼女を見送るしかなかった。
ソルティード。
ヴァニタス。
ユスティート。
彼女との子供を、誰ひとりとして守ることは出来なかった。
レオノーラ……奈津美…………。
もう一度会えたら、今度は俺を置いていかないでくれ。
ナイジェルとマドリーンのように。
スヴェンとディアドラのように。
アデルとアレクシスのように。
俺の隣には、お前が必要なんだ。
*
【ラスティル城・玉座の間/マチルダ・ピンコット】
「ユスティート様……」
私を抱き締めたまま壁に叩きつけられ、ユスティート様は意識を失っていた。
私はゆっくりと身体を起こす。
ユスティート様に大きな怪我はない。
安心して、振り返ると、そこは……。
地獄だった。
ヴァニタス様とセオドア様だった“モノ”が、肉塊や肉片となり飛び散っている。
そのひとつにスピルスさんが手を翳すと、黄色のオーブが現れた。
鹿に似た形。
龍に似た顔。
角を持ち、牛の尾と馬の蹄を持つ。
王家の紋章でもある存在しない幻の獣が刻まれたそのオーブが、スピルスさんの手に収まった。
「これで4つ」
「…………っ、《ファイアバレット》!」
ディアドラ様が叫ぶ。
炎の弾丸が、スピルスさん目掛けて飛んでゆく。
だが、炎の弾丸は触れることなく弾かれた。
「そ、れは……まさ、か…………」
「私の固有魔法は『模倣』。本人には劣るが、固有魔法も『模倣』できる」
「やはり、ヴァニタス様の『領域』」
「結界を張る程度しか模倣できないがね。奴みたく、領域内の物質を使ってあれこれ錬成するなんてチートな技は使えない」
笑うスピルスさんの足元が液状化する。
水妖ケルピーと化したキョウが液状化した床から現れ、スピルスさんの足に噛みついた。
そのまま床に引き摺り込もうとする。
「そういえば、あのスライムは面白い固有魔法を持っていたな」
たちまち、スピルスさんがスライムに『変身』した。
『変身』した彼は液状化した床に溶け込み……。
「ぐぁあああああ!」
「くっ……あ…………」
液状化した床を水の刃に変えて、キョウとディアドラ様を貫いた。
「ひっ…………!」
私が悲鳴を漏らすと、ぴょんと液状化した床から跳ねたスライムは、スピルスさんの姿に戻って着地する。
「生きていたか、マチルダ・ピンコット。まぁ、どうせすぐ死ぬが……」
スピルスさんが天井に手を翳す。
「《薬物精製》《シアン化カリウム致死量付与》《アイスランス》」
ウィリディシア様の『薬物精製』を『模倣』しながらスピルスさんは笑う。
「…………お前は後回しだ。標的、シェリル・マードック!」
玉座のシェリル様が無表情のまま、フィニス様の首を抱き締める。
そしてフィニス様の首ごと、致死量の毒物を付与された氷の槍で、玉座に縫い止められるように刺し貫かれた。




