03 宿命の檻
【ラスティル城/ユスティート】
黒須 晶仁は正義の男だった。
晶仁が生まれて初めて“いじめ”というモノを目の当たりにしたのは小学2年生の時だ。
正義感の強い晶仁は当然いじめの被害者を庇い、加害者に立ち向かい……そして負けた。
誰かを守るには力が必要だ……晶仁が学んだのはこの時だった。
晶仁は空手と合気道を習い始めた。
正義の為だった。
誰かを守る力を得る為だった。
晶仁は鍛練を続けた。
ただひたすらに、鍛練を続けた。
高校生になると、不良ですら晶仁に敵う者は存在しなかった。
強さを極めた晶仁は、当たり前のように警察官を志望した。
しかし……。
やがて晶仁は絶望した。
“正義”なんてものは存在しなかった。
警察ですら、弱者を嗤い、強者に忖度する。
性被害者女性に対しては「お前にも隙があるからだ」「そんな格好をしていれば性被害に合って当然だ」と嘲る。
そして、政府与党が絡む巨悪の宗教団体の摘発には尻尾を巻いて逃げる。
膝を折った晶仁に手を差し伸べたのが楠木 香代だった。
心理カウンセラーの香代は、その裏で、求めに応じてクライアントを安楽死させる非合法団体『アンジャベル』に所属していた。
『アンジャベル』において香代は、心理カウンセラーの知識や技術を活かし、安楽死を望むクライアントの最期の時まで寄り添う自殺付添人の役目を担っていたのだ。
そして『アンジャベル』に安楽死を望むのは晶仁が……そして警察が救えなかった被害者たち。
性暴力のトラウマから立ち直れず、働くどころか外出するのも困難な女性。
両親が宗教団体への献金を繰り返し、家庭が崩壊し、進学も就職も出来ず、非正規雇用を渡り歩いてきた宗教2世。
彼らの最期に香代は寄り添い、安らかに眠るまでケアに尽力した。
『アンジャベル』の、香代の行っていることは日本では罪であり、彼女らは悪だ。
しかし、晶仁に彼女らを責められなかった。
日本の警察は安楽死を望む者たちを自己責任と嘲笑い、自助努力が足りないと一蹴してきたのだから。
晶仁は刑事として活躍する傍ら、いつの間にか『アンジャベル』にも所属していた。
香代と恋仲になり、そして……。
*
「あンの馬鹿野郎!」
父上の怒鳴り声で意識を取り戻した。
そうか……。
スヴェン・マードックが死んだのだ。
彼が消えたから、黒須 晶仁の封印が解けたのだ。
僕は黒須 晶仁の記憶を思い出す。
そして、“ユスティート”という疑似人格は消滅する。
でも、それは今じゃない。
まだ僕はユスティートだ。
このラスティル王国の王子、マチルダ・ピンコットの婚約者だ。
黒須 晶仁が死を望む者であれば、僕はあえてそれに抗おう。
“ユスティート”という疑似人格が完全に消滅するまで、僕はユスティートであり続けるのだ。
封印が解けたから死を望むなんて宿命、僕は、ユスティートは拒絶する。
例え、それが逃れられない宿命であっても。
「父上、落ち着いてください」
壁を殴り続ける父上の右手首を握る。
「この場から逃げるか、魔法陣を封印するかしないと。メモリアが消えました。誰かが湖に……ティアニー邸側の転移魔法陣のすぐ近くに居る筈です」
父上はすまないと謝罪の言葉を口にすると、さっきまで壁を殴り続けていた右手で魔法陣に触れる。
そんな父上の右手を……。
「ぐっ……」
「失礼しました、陛下。ついうっかり」
薄笑いを浮かべた銀髪の美少年が父上の右手を思い切り踏む。
すかさずフィニスが美少年に切りかかった。
スピルスはさっと後ろに下がり、ヴァニタスが……次兄が司祭服に似た服装に全く似合わない剣で、フィニスの剣を受け止める。
「陛下! 逃げてください!」
フィニスの言葉に父上が頷く。
「逃げるぞ!」
父上はディアドラの手を、僕はマチルダの手を取って逃走する。
キョウも僕らの後を追ってくる。
仕掛けを起動して、父上の私室に出た。
女性がひとり横たわっていた。
マドリーン・アッシュフィールド夫人だ。
ディアドラが彼女をチラリと見たが、すぐに視線を扉へと戻す。
「部屋から出ます。此処に留まるのは危険です。他に安全な場所を探しましょう」




