04 日常崩壊
【ピンコット家/マチルダ・ピンコット】
父に呼ばれて、私はシルヴェスターさんが休む客間へと向かった。
客間には父とシルヴェスターさん、白フクロウのレイさん、アルビオンと……。
「誰、ですか?」
長身の男性がいた。
黒髪で、金色の瞳。
ラスティル王国では見ない服装。
彼は私を見てにっこりと笑うと、指を鳴らした。
現れたのは、金髪で茜色の右目、金色の左目の……。
「…………私?」
私に似た少女は悪戯っぽく笑うと、また指を鳴らす。
まるで私が溶けていくかのように変形した後、そこにいたのは透明なスライムだった。
スライムはいつものように飛んだり跳ねたりした後で、また男性の姿に戻る。
「もしかして……」
「うん。スライムが現在の、本来の僕の姿。今の人型は前世の僕の姿。この世界風に名乗るとソーシ・ユズキって言うんだけど、ソーシって発音しづらいからユズキって呼んで」
「前世……」
言われてみれば、私が『写実描写』で垣間見る人々の服装と彼の服装は似ていた。
もっと話したい……特に“前世”について。
しかし、父が咳払いをした。
そして、シルヴェスターさんが持っていたノートを取り出す。
「シルヴェスター君。このノート、目を通したかい?」
「いえ、そんな余裕はありませんでした」
シルヴェスターさんの言葉に、父はほっと胸を撫で下ろす。
「このノートはソルティード殿下のノートだが、私たちが安易に読んで良いものではないんだ。もちろん、敵対勢力の手に渡るのはもっての外だ。絶対に守らなければならない……そこでだ」
父はシルヴェスターさんとアルビオン、そして私へと視線を向けた。
「マチルダ、シルヴェスター君とティアニー家に向かって欲しいんだ。今ラスティル王国で一番安全なのはティアニー家だから」
「ティアニー家?」
「ヴァニタス王子が固有魔法『領域』で、常時ティアニー家周辺に結界を張っている。ヴァニタス王子に敵意や悪意を持つ者、ヴァニタス王子が拒絶する者はティアニー家には侵入できない」
その為にヴァニタス様は幼少期からティアニー家に預けられているそうだ。
ティアニー家の当主であるフィニス様や聖地の主メモリア様に敵意や悪意を持つ者に対しても、ヴァニタス様の固有魔法『領域』が拒絶するよう仕向ける為に。
「スピルス君は、恐らくこのノートを狙っているからね」
「それで僕の出番ってわけ」
ユズキさんがまた指を鳴らす。
彼の姿は今度はシルヴェスターさんと瓜二つになった。
「スピルス君はノートと、それを持って逃げたシルヴェスター君を狙ってこのピンコット家へ来る。私とユズキ君で彼を引きつけている間に君たちはティアニー家にこのノートを届けて欲しい。フィニスにこのノートを渡してくれ……頼む」
それはつまり、父とユズキさんは囮になると言うことだ。
「お父様……」
私が父を見ると、父は穏やかに微笑んで私の頭を撫でた。
「俺はこれでもラスティル学術学校の学園長だ。魔術も多少嗜んでいる。生徒に負ける程、衰えてはいないつもりだよ」
…………そう。
父はラスティル学術学校の学園長で、スピルスさんは在籍する生徒だ。
なのに、何故だろう。
胸騒ぎがする。
安心できない。
「マチルダ、行こう」
アルビオンが手を引く。
気づけば、シルヴェスターさんも支度を始めていた。
「でも…………」
「頼んだ、柚希」
「お兄さんに任せて」
ユズキさんはシルヴェスターさんの姿から前世の自分の姿に戻ると、笑顔を浮かべながら片目を閉じて見せた。
そうか、大切なヒトと離れるのはアルビオンも同じなのだ。
「ユズキさん、お父様をお願いします。お父様、どうかご無事で……」
私はアルビオン、シルヴェスターさんと裏口からピンコット家を抜け出し、父が用意してくれていた馬車でティアニー家へと向かった。
ティアニー家には、まだユスティート様が滞在している筈。
こんな気持ちでユスティート様の元へと向かう日が来るなんて……。




