02 日常崩壊
【夢/マチルダ・ピンコット】
検証。
穂波 玲音はその薬を口にした。
死ぬと理解していながら、その薬を口にした。
検証。
街を賑わす連続怪死事件で使われている薬。
恐らくは、母の命を奪ったであろうその薬を、玲音はあえて飲み込む。
検証。
服薬した玲音は、死ぬまでの自身の体調、様子、経過を詳細にSNSの海に流す。
検証。
140文字に束ねては、流す。
また140文字に束ねては、流す。
まるで死の実況中継。
検証。
いつか、誰かの手に届くように。
命をかけた検証結果を瓶に詰め、インターネットの大海へと流す。
検証。
完全に眠りにつくまで。
指が動かなくなるまで。
脳が思考を放棄するまで。
心臓が鼓動を止めるまで。
玲音は薬を検証し、検証結果を140文字の瓶に詰め、海へと流し続ける。
検証、検証、検証、検証……。
*
【ピンコット家/マチルダ・ピンコット】
翌日。
ウィリディシア様の誕生日。
母アデルは夢と同じく、ラスティル城へと出掛けていた。
伝書鳩を飛ばすべきだろうか?
それとも私も城に行くべき?
迷っているうちに、使用人たちが駆け込んできた。
「アレクシス様! マチルダ様! アッシュフィールド家のシルヴェスター様が!」
「酷い火傷を負っています!」
「ご主人様に会いたいと……」
話を聞いたアルビオンが顔色を変えて駆けていく。
私と父アレクシスも、慌ててその後を追う。
「シルヴェスター! おい、シルヴェスター!」
アルビオンが叫ぶように声を荒げて、使用人に支えられたシルヴェスターさんの名前を呼ぶ。
あんなに冷静さを欠いたアルビオンの姿を見るのは初めてだ。
父はアルビオンを落ち着かせるように背中を叩くと、シルヴェスターさんをソファに寝かせるように指示した。
シルヴェスターさんが横たわると、彼の懐からモゾモゾと白いフクロウが現れる。
「レイちゃん!?」
レイは“ちゃん付けは不服だ”と言わんばかりに私を見た後、1冊のノートを横たわるシルヴェスターさんの上に落としてソファの背に止まった。
父はそのノートをパラパラと見て絶句した後、そのノートをソファに置いてシルヴェスターさんへと手を翳した。
柔らかくあたたかい光が、シルヴェスターさんを包む。
父の固有魔法『治癒』だ。
私も、アルビオンも、使用人も、固唾を飲んで見守った。
シルヴェスターさんの火傷が、綺麗に消えてゆく。
ピクリ。
シルヴェスターさんは身動ぎすると、ゆっくりと起き上がった。
「ありがとうございます」
「何があったんだい?」
シルヴェスターさんは何度か口を開きかけ、躊躇った後……こう言った。
「父と母の留守中、兄が……スピルスが僕と姉を襲いました。姉がひとりアッシュフィールドの屋敷に残りました。騎士見習いの僕は魔法戦には向かないから、これを持ってピンコット家へ逃げろと。アレクシス様に治療をしてもらえと」
シルヴェスターさんは父がソファに置いたノートを抱き締める。
「何が騎士見習いだ! 大切な人を、姉を、家族を、守れないのに! 今まで僕は騎士学校で何を学んできたんだ! アデル様の元で何を学んできたんだ!」
ノートを抱き締めながら、絞り出すような声で叫ぶシルヴェスターさん。
彼の肩にそっと止まるレイさん。
ソファに飛び乗り、シルヴェスターさんの膝の上に乗るアルビオンのスライム。
何も出来ない私と父とアルビオン。
しかし、再び駆け込んできた使用人たちが、無情にも複数の知らせを私たちに伝える。
「城でクーデターが起こりました! 首謀者は大予言者シェリル様!」
「アデル様が、宰相ナイジェル様と共にシェリル様に殺害されました!」
「セオドア陛下の生死は不明です!」
「マードック家のスヴェン様、アッシュフィールド家のマドリーン様、共に生死不明!」
「ソルティード殿下とジェラルド様はアッシュフィールド家に向かう途中、何者かの襲撃を受けたようです! お二人共に死亡!」
「アッシュフィールド家の屋敷には、使用人とウィリディシア様の遺体が!」
日常の崩壊。
口々に報告する使用人たちの言葉を聞いて、シルヴェスターさんが絶叫する。
アルビオンが慌ててシルヴェスターさんを抱き締める。
父も、泣き叫ぶシルヴェスターさんを落ち着かせるように、ずっと背中を撫でさすっていた。




