05 厄災前夜[後編]
「どう思う?」
「うーん……」
「ごめん。僕が読めないのに、僕より面識の少ないマチルダが、フィニスの表情を読める筈がないよね……」
あの後、フィニスにラスティル王国内で異変が起きていないか尋ねてみた。
フィニスは「特に変わったことは起こっていない」と告げた。
僕の見た限りでは、表情にも変化はない。
「ただ……」
「うん」
キョウの様子がおかしい。
そう、メモリアが言ったのだ。
メモリアが主である地下の湖に共に住むキョウを、メモリアは弟のように可愛がっていた。
その弟のような存在が、今日はおかしい、落ち着きがないと……心配そうにメモリアは口にした。
「彼は、もう現れないだろうね」
「…………そうですね」
キョウはマチルダとの対話の後、湖にも戻っていないらしい。
ヴァニタスはジェラルドと話し込んでいるようだが、ティアニー家に軟禁状態の次兄に「ラスティル王国で異変は起こっていないか?」と聞いても首を傾げるだけだろう。
「何も、起こらないといいね」
「そう……ですね」
漠然とした不安を抱えながら、僕たちは頷き合う。
しかし、馬車に乗るマチルダを見送った後も、不安を拭うことが出来なかった。
*
【夢/マチルダ・ピンコット】
ティアニー家からピンコット家に向かう僅かな時間に見た夢は、いつもの夢と違っていた。
いつもは私が夢を傍観する形なのに、この時の私は少年の姿になっていたのだ。
夢の中の私は吉住 優。
絵を描くことが好きで、大人しい少年だ。
夢の中の私……吉住 優の傍らには常に、森野 響哉という少年がいた。
響哉くんは吉住 優といつも一緒にいてくれた。
吉住 優と同じく、絵を描くことが好きな響哉くんと絵画の話をする時間は楽しかった。
響哉くんと一緒に絵を描く時間は、吉住 優にとって、とても幸福な時間だった。
中学校に進学し、美術部に入りたいと言った2人に互いの両親たちが猛反対した。
文化部なんてとんでもない、男の子は運動部でなければならないと……。
仕方なく、響哉くんは弓道部、吉住 優はサッカー部に入部した。
運動部に入部する直前までの響哉くんとの時間は、本当に楽しくて、幸福で……でも。
「やめろ」
響哉くんが私……吉住 優を抱き締める。
「これ以上見るな、マチルダ・ピンコット。お前は吉住 優じゃない。マチルダ・ピンコットだ」
ブチッと無理矢理回線を切られたかのような衝撃。
気づけば私は女性の身体……マチルダ・ピンコットの身体に戻っていた。
しかし……。
「響哉くん……」
「その名は捨てた。俺は水妖ケルピーのキョウだ」
響哉くんの姿は変わらなかった。
黒かった両目が青紫と金色になり、髪が水色で全身に水を纏わせている以外は、先程までの響哉くんの姿と変わらなかった。
「もう目覚めろ。屋敷に着くぞ」
キョウは私を抱き締めたまま、ポンポンと私の頭を撫でる。
「待って、貴方に聞きたいことが。それに……」
私の前世は吉住 優なの?
私と貴方の前世の関係は?
必死に手を伸ばすも、キョウの姿も、私の姿も緩やかに消えてゆく。
*
「お嬢様、お屋敷に着きました」
御者の声で目を覚ます。
そこはピンコット家の馬車の中で、馬車の中にキョウの姿はなかった。




