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02 厄災前夜[後編]



【ティアニー家・屋敷前/マチルダ・ピンコット】



「ま、まま、マチルダ、様……」


どうやら馬車に揺られて、また眠ってしまったようだ。

御者が困惑している。

笑顔を浮かべて馬車を降りると、何かに怯えるような様子の御者に、約束の時間に迎えに来てくれればそれでいいと告げた。

御者は冷や汗を流しながらコクコクと頷くと、大慌てでティアニー家の屋敷から遠ざかってゆく。


「主人……それもうら若き乙女を置き去りにしてトンズラとはなぁ」


私の隣に、水を身体に纏わせた青く美しい馬が現れた。

音もなく現れたその馬は、私と同じように金色の瞳を左目に持つ。

右目は宝石のような青紫だ。


「キョウ……」


私が呟くと、馬は14歳くらいの少年の姿になる。

キョウは水妖ケルピーだ。

ケルピーは人を水辺におびき寄せて溺れさせて喰らう、また、人間に変身して女性を誘惑するとされる。

けれど私は何度キョウと会っても、危害を加えられたことはない。


ティアニー家の屋敷は、キョウやアルビオンのスライムのような水妖や妖精、精霊が彷徨いている。

むしろ、水妖や妖精、精霊が使用人代わりに屋敷を管理していると言っても過言ではない。


加えて、ティアニー家当主フィニス様や、彼とこの屋敷で同居するラスティル王国第2王子ヴァニタス様への心無い噂や悪評によって、ラスティル王国の民は皆、ティアニー家を恐れている。

ティアニー家に近い『始まりの四家』のひとつであるピンコット家に支える御者であっても、それは同じだ。


「マチルダ、聞きたいことがある」


少年の姿のキョウは真剣に私を見据える。

少年の姿となっても、髪は青色で水を纏い、普通の人間ではないと一目でわかる。

けれど、彼はその伝承と乱暴な口調に反して、誠実な少年だった。

何度もこの屋敷に顔を出している私は彼の真実の姿を知っている。

だから私も、キョウの瞳をしっかりと見据え、頷いた。


「明日ラスティル王国が滅びて、お前は死ぬ……としたら、お前は生きたいか?」

「…………」


夢の中の、あの光景が思い浮かぶ。

金色の瞳のユスティート様。

同じく、金色の瞳のスピルスさん。


「俺が、お前を逃がすと行ったら? お前を連れて、遠く……遥か遠くの国まで逃げて、お前が婆さんになって死ぬまで俺がお前を守ると言ったら?」


私ひとりの力で、運命が変えられるとは思えない。

固有魔法もコントロールできない私が、何かの役に立てるとも思えない。

でも……。


「私はこのラスティル王国の第3王子、ユスティート様の婚約者……マチルダ・ピンコットです。明日ラスティル王国が滅びるというのであれば、最後の最後まで、民を守るため、ユスティート様を守るため、足掻きます」


キョウと私は、暫しの間見つめ合っていた。

視線を逸らしたのはキョウが先だった。

彼は笑い出した。


「まぁ……そう言うよな。俺としては悔しいけど、変わらなくて安心したよ」


キョウは笑顔でそう告げた。

けれど……彼の頬には涙が伝っていた。


「キョウ?」

「王子様のお出座しだな。じゃあな」


キョウは青い馬の姿になると、現れた時と同じように足音もなく消えた。




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