01 厄災前夜[後編]
【ティアニー家/ユスティート】
物心ついた頃から、僕は周囲に恐れられていた。
何故なのか、原因はわからない。
だが、皆僕を避けていた。
実の兄である、長兄ソルティードが最も顕著だった。
父である現国王セオドアが僕に近づこうとすると、ソルティードが止めた。
王宮で、僕は孤独だった。
しかし、僕の孤独を癒してくれた者もいる。
幼い頃に決められた、婚約者マチルダ。
手紙でのやり取りで、僕の話を聞いてくれた。
僕の悲しみを、孤独を受け入れてくれた。
そんな彼女を、僕は大切だと思う。
そして、次兄ヴァニタス。
ソルティードと違い柔和な彼は、幼少期から僕を恐れたり避けることをしなかった唯一の存在だ。
そのヴァニタスを預かる、『始まりの四家』ティアニー家の当主、フィニス・ティアニー。
髪も衣服も、全身真っ黒で表情に乏しい。
しかし、瞳だけは金色に輝くフィニスは『ラスティルの死神』と呼ばれ、国中から恐れられていた。
ティアニー家はラスティル王国の治安維持も担う。
ラスティルで事件が起これば、フィニスが事件を調査する。
その役目故、更に彼を『ラスティルの死神』と呼ぶ声は強くなった。
リッジウェイ家で起きた『リッジウェイの惨劇』すら、彼が引き起こしたのではないかと噂された。
もちろんそれは根も葉もない噂。
だが『リッジウェイの惨劇』を調査したのがフィニスであることも相まって、今だに噂は消える気配がない。
実際のフィニスは、とても穏やかな人物だ。
父王と同じ世代でありながら独身を貫く彼は、使用人すら居つかないティアニーの屋敷を一人で切り盛りしている。
…………いや。
ティアニー家の地下には、湖がある。
地下水脈の水が溜まった湖はラスティルが王国として成立する前からの聖域であり、魔力と霊力に溢れている。
その湖の主である精霊メモリアや、湖に住む馬の水妖キョウ、そして数々の妖精や精霊、水妖たちが、フィニスに力を貸している。
次兄ヴァニタスがほぼティアニー家に軟禁状態なのも、聖域を守る為らしい。
ヴァニタスの固有魔法は『領域』、結界を張り、維持する力がある。
僕が物心ついた頃には既に彼は王宮を離れてティアニー家に居た。
次兄でありながら王位継承権は僕よりも下で、20歳になれば王籍を離れ、フィニスの養子となりティアニー家を継ぐことが確定している。
国民は、ヴァニタスを生け贄だ人身御供だと哀れむ者と、ティアニー家から出る事のないヴァニタスをフィニス同様化け物だと詰る者の半々だ。
そんな、国中から恐れられるティアニー家が、僕は居心地が良く、愛しい。
使用人の居ないティアニー家では、フィニスとヴァニタスの2人が夕食を作っている。
フィニスが鍋をかき混ぜながら、表情乏しく、けれど穏やかに笑う。
肩までの長めのプラチナブロンドに紫の瞳のヴァニタスは、フィニスの隣で朗らかに笑う。
まるで、実の親子か兄弟のようだ。
当然、2人の手作りの夕食は、一流シェフが作った王宮の夕食とは比べ物にならない程、貧弱なものだ。
けれど、温かく、何処か懐かしい。
僕は、このティアニー家が愛しくてたまらない。




