裏切り
ビトレイアル戦争 ワンライでの短編
「金打くんって人を裏切ったことある?」
「……は? 急に何を言いだすんだ、うちの糞親父じゃあるまいし」
唐突に切り出された話題に眉をひそめる。店の営業時間が終わったから、そう言って彰と一緒に酒を飲んでいる訳だが……なんで急に裏切りなんて言う話題が。あまり気持ちの良いもんじゃねぇのに。それに今回ばかりは二人っきりというわけじゃねぇ。
「糞親父って……せめてお父さんって呼んだってもええやん」
「あの糞野郎は"裏切り"を擬人化したみてぇな奴だからな」
「……そういえばあんまり仲は良くないって言ってたなぁ。苦手なん?」
「苦手っつーか……、こういうのはあまり朔には聞かせたくはねぇんだけどよ。まぁ、寝てるみてぇだし構わねぇか」
いつだったか親父のことを彰に話してたな、俺。なんか知らねぇけど話しやすいんだよな、此奴。多分自分の身内話をしているの此奴くらいじゃねぇか? あー……、いや。林檎にもちっと娘のワードを使ったっけ。あれはノーカンだ、ノーカン。あのガキ、妙に気を張り詰めすぎてるから変に触ると爆発しちまいそうだし、心配ではあるんだが揺さんが付いているから大丈夫だろう。
それはともかく俺の隣でのんびり寝てる朔は大丈夫か。そこらの路上で寝られるより遥かにましだが風邪をひかれても困るしな。ひとまずジャケットでもかけとくか、そう思い朔に自分のジャケットをかける。
「ほんま金打くんはお兄さんやな~」
「何を今更。んじゃあ"裏切り"の話をしてやるよ。俺が"裏切り"が嫌いになった話をな。これで"裏切り"の話の代わりにしてくれや」
そう困ったように笑うと彰は小さく頷いた。……もしかして此奴、これが端から目的だったんじゃねぇか。そんな憶測を頭の片隅に押しやって俺は言葉を紡いだ。
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バタンと玄関が開く音がする。ゲームをしていた手を止め、ちらりと音のした方に目を向ければ親父の姿。服の所々に血が付いている。怪我でもしたのだろうか。一抹の不安がよぎる。こんな姿を菫さんに見せるわけにはいかない。だって心配するから。
だから俺はそっと席を立ち、乱雑に親父の上着をはぎ取って洗濯機に放り込んだ。
「珍しく気が利くな、真」
「別に。……お兄さんたちは?」
「あァ、あいつらは……オレが逃げるのを手伝ってくれたのさ。敵対組織と抗争が起きて出迎えたんだが如何せん向こうは御大層な武器を持っていたからこちらもそれ相応に、ね」
「……何をしたわけ」
お兄さんたち、というのは親父の部下たちのことだ。俺は彼らによく可愛がって貰っている。なのに親父の話を聞いた途端、なぜか胃の辺りが冷えるような、そんな感覚を味わった。何か嫌な予感がする。何か、大切なことを隠されているような。
それを飲み込んで親父の顔をじっと見つめる。まだ兄貴みたいにドスの利いた声は出せねぇけど睨みつけることは出来る。何か、隠しているならさっさと言ってくれ。頼むから。
「何しろ分が悪い。向こうは最新式の銃火器と強力な魔法使い。対して此方は拳銃と日本刀、初歩的な魔法を使える奴だけ。そんなのに勝てると思うか?」
「思わない」
「そうだろう? だからあいつらに時間稼ぎをしてもらってトンズラしてきたのさ。まぁ、五人しかいないから高が知れているが」
「……置いてきたのか?」
「当たり前だろう。そうでもなきゃ此処には帰って来れんよ」
さっきから心臓が煩い。頭が白くなっていく気がする。親父の話が本当なら、お兄さんたちはもう……。そんなことは考えたくない。でも事実だったら? もう二度と会えなくなる。死んだ母さんみたいに。そんなのごめんだ。
俺はいてもたってもいられなくなってそのまま家を飛び出した。どこで抗争が行われたのか、大体の目星はつく。いつも似たような場所で起きるから。だから見当をつけたところから片っ端に潰していく。
「やっぱ此処か……」
無骨なビルとビルの間の路地に横たわる五人の男性。親父の部下たちだ。皆死んだかのようにピクリとも動かない。俺は恐る恐る彼らに近づき、肩を揺さぶる。一人、二人、三人。反応はない。四人目も反応がなかった。息がつまりそうだ。これで反応がなかったら。考えたくないことが頭をよぎる。
「おい」
「……ま、真、か」
「……! 生き、てた……」
「なぁに泣きそうな顔してんですか。あんたらしくもない……。親ッさん、無事に……帰ったのか」
「うっせ。……何があったんだよ」
「……見捨てられたんですよ、僕たち。向こうは二十人、こちらは六人。それで何とか応戦してたんですけど……、気づいたら親ッさんがいなかった。……笑えますよ」
何が笑えるだ。それって前に兄貴が話してくれたむかつくやり口じゃねぇか。自分が生き残る為に仲間を放って逃げていく。それが大将のやり口かよ。大体今回は果たし状が来てたっていうじゃねぇか。今どき珍しいとぼやいていたくせに。
――こんなの理不尽だ。だけど言葉にはならない。喉が詰まったみたいに何も言えなかった。それを分かっているのか、虫の息の此奴は無理矢理笑っている。ひきつった笑みで、自らを嘲笑うかのように。
そのままの笑みを貼り付けたそいつはしばらくして何の反応も示さなくなった。他の連中と同じように。
なんでこんなことになるんだ。なんで親父は正々堂々と戦おうとしなかったんだ。それが流儀だって言っていたのに。あれは真っ赤な嘘だったのかよ。
そう思うと目が熱くなり、後から後から涙があふれた。なんか裏切られた気分だ。尊敬していたのにこんなことをする男だったなんて。それが悔しかった。
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―――
――
「そんなことがなぁ。せやけど裏切りなんて日常茶飯事やん。そしたらどないするん?」
「そん時は裏切った奴をぶっ殺して守りたいものを守るだけだ」
「……さっきの話みたいに身内が裏切ったら?」
「……できれば両方守りてぇけど、……裏切った奴を切り捨てるしかねぇだろうよ」
苦々しくそう言ってやれば彰は肩をすくめる。やっぱりそうなってしまうんか、と小さく呟く声が聞こえた。此奴も誰かに裏切られたことがあるのかもしれない。ふとそう思ったが聞く気にはなれなかった。親父みたいなことをされていたら、と思ったらいたたまれないから。
「……父さんはそういう人だったんだ」
ぽつりと呟かれた声にはっと振り向く。見れば朔が薄く目を開けて此方を見ていた。どうやら聞かれていたらしい。情けねぇな。聞かせたくない話を聞かれてたことに気づかなかったとはな。それを隠すために俺は朔の頭を乱暴になでた。