10年くらい前の真と鞘戸さん
ドガッと蹴る音とともに骨の折れる嫌な音がする。此処は鞘戸が経営する食堂。なのに想像されるものと懸け離れた事象が発生していた。原因は某組織に属する男が店と鞘戸の料理を馬鹿にしたこと。そこに偶然居合わせた真が彼に喧嘩を吹っ掛けたのだ。
「金打くん、それくらいにしとき。その人怯えてるやん……」
困った表情で仲裁しようとする鞘戸の言葉は真には届いていないようだった。既に男の顔には怯えと恐怖の色が滲んでいる。死ぬかもしれない。その恐怖に震えている。
「……、真くん! 八つ当たりもいい加減にしぃや!」
「……! ……悪ィ、ついやり過ぎちまった。おい、お前さん十秒以内に出ていきな。じゃねぇとぶっ殺すぞ」
「ひ、ひぃぃ」
男は真の剣幕に押されたのかよろけながら店を出ていく。その後ろ姿を見送った鞘戸はちらりと床に目線を落とす。散らばった皿と食べ物に一抹の悔しさがよぎった。綺麗に掃除せなあかんなぁとぼんやりと思いつつ、未だ床を凝視している真に声をかける。
「俺の料理を馬鹿にした人を怒ってくれたんは嬉しいんやけど暴力はあかんで? 暴力じゃ何も解決せぇへん。恨まれるだけや」
「……説教のつもりか?」
「それもあるけど……、真くん最近可笑しいで? お兄さんが行方知れずになって気が立ってるんは分かるけど人に八つ当たりするんはあかん」
「は、分かったつもりになって言うんじゃねぇよ。確かに彰の云う通り苛立っているけどよ。……、本当何やってんだろうな、俺」
はは、と自嘲気味に笑う真に立ち尽くすしかない自分が不甲斐ない。彼の兄は一ヶ月前に仕事に行くと出掛けたまま、音沙汰がない。噂に聞く限り、彼は手を尽くして兄の行方を掴もうとしたが徒労に終わったらしい。それに苛立っているのだろう。
多少なりとも気持ちを分かってやりたい。いつかの酒の席で大切に思っていた異母弟と会えなくなったことを悔いていた彼を思えば自身の身内を見つけ出せないことが歯がゆいのだろう。おまけに数日前には父親と大喧嘩をしたと聞いた。それも彼の口から直接。
なら自分に出来ることは限られているのではないか。鞘戸は一つ息を吐き、いつものような優しい口調で話しかける。
「ひとまずお茶飲もうか。片付けも手伝って欲しいしな~」
「なんだそりゃ」
呆れたように自分を見る真に鞘戸はそっと胸を撫で下ろした。