真の事情そして誕生日
《真の事情》
真の自宅にて。
「悪ぃな、約束をまだ果たせなくてよ」
「言ったじゃない、いつまででも待つって。そんなに簡単な世界じゃないもの」
「はは、そう言われちゃ敵わねぇな」
奥さんはテーブルに珈琲を置きながら真の手元を覗く。
「またプレゼン資料の作りなおし?」
「あぁ。あの親父、思ったより頑固でよ。もう何年も説得してんのに頭を縦に振らねぇんだ。組から俺が抜けたところで大したことはないっつてんのに」
「やっぱりあなたが大切なんじゃない?」
「……兄貴を捜しもしねぇ野郎がか?」
「隠れて捜しているかもしれないじゃない。それに息子であるあなたを手元に置いておきたいのよ」
「……俺は親父の物じゃないんだがな」
一時間後。
「あら、今度は何の資料を作っているの?」
「前に言ったろ、年の離れた母親違いの弟がいるって」
「あぁ、朔君ね。彼がどうしたの?」
「久しぶりに再会したんだ。……よりにもよって裏社会でな」
「それってまさか……」
「そのまさかさ。前に話した夜って奴が手引きしたんだとよ。んで、朔が裏社会から抜けるように説得する為の資料を作ってんだ。……ほんと、どいつもこいつも手間をかけさせやがってよ」
はは、と乾いた笑みを漏らす真。
「あなたのついでに連れ出すつもりね」
「たりめーだろ。あんなところに置いておきたくなくて菫さんは親父と別れて二度と会えなくしたのによ。これじゃ意味ねぇじゃねぇか」
「ふふ、いつになく真剣じゃなあい? やっぱり大切なのは家族なのね」
「だからこうやってやってんだろ。いつかちゃんと子猫ちゃんと同じ世界で一緒に歩いていけるように」
「やだもう。子猫ちゃんなんて呼ばないでよ、」
※父の名前は胤篤、兄は健。長女5歳長男3歳
*
《真昼ちゃんハピバ》
もうすぐ日も暮れようかという時刻、街中を歩いていた俺は見知った顔を見つけた。どうやら学校帰りらしい。友人たちと別れて手を振る子猫ちゃんはどこか清々しい顔をしている。確か彼女は高校生。だとしたらもうじき夏休みになる。宿題とかもたくさん出されるだろうにこうも呑気に歩いていられるのは"今日"だからだろう。
「そこの子猫ちゃん。今から俺とお茶しねぇか?」
「えっ、私!? わぁ! 初めてナンパされた! えーっと、あー、どうしよどうしよ!」
子猫ちゃんはあわあわとしながらも嬉しそうだ。ナンパされたことがよほど嬉しいのだろう。確か事前に調べた情報では彼女は少女漫画に憧れていたはずだ。偶然にもそれに描かれているであろうことを俺はしたわけだが。……一応、読者の子猫ちゃんたちには弁解しておこう。
端的に言って俺は女好きだ。だからと言うわけでもないが昼日中から街中を歩いている子猫ちゃんたちをナンパすることもしばしばある。まぁ、大体は空きっ腹をどうにかする手段として子猫ちゃんたちを口説いている訳だが。勿論飯代は俺が出しているし、子猫ちゃんたちにはびた一文も出させちゃいねぇ。だったら一人で食え、という声が聞こえてきそうだが男が一人で食ってたら格好悪いだろ。なんつーか連れがいた方が格好がつくって云うか、まぁ俺の見栄だな。
と軽く俺のナンパについて説明したわけだが目の前にいる子猫ちゃん――真昼はまだ答えを出せていないらしい。こうまで悩んでくれるたァ有り難いねぇ。
「……! あ、あのっ、行かせてください! さっきは変なテンションで……本当……」
「気にすんなって。初々しかったし、新鮮だったぜ」
「……!?」
「そう赤くなるなって。今日は真昼の誕生日だろ? だから奢らせろ」