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第一話 ネーミングセンス

「いらっしゃいませ」

とある地方の夜の街。この街1番の高級クラブに2人の男が入ってきた。一人は西田という自称社長の怪しい男。常連とまではいかないが、ここ半年ぐらい前から若手No.1のカオリちゃんというホステスにハマっている。もう一人は西田の連れで見慣れないおとなしそうな男。

 カオリちゃんは二十歳の大学生。ホステスのバイトをしながら保育士を目指している髪の毛がピンクの女の子だ。

「きゃー西ちゃん、来てくれてありがとう、いつもの席へどうぞ」

と、角の席に案内した。今日はカオリちゃんの21歳の誕生日で、バースデーパーティーと銘打って、ちゃっかり営業、集客するという、アルバイトながら出来の良いホステスである。

「つばめさん、4番ヘルプお願いします」

カオリちゃんと西田の席に呼ばれてしまった。

「あいよ」

リップグロスを塗り直し、普段は猫背の背骨をバキバキ鳴らし背筋をピーンと伸ばして、いざ出陣

「いらっしゃいませ、はじめまして、つばめです、ご一緒よろしいでしょうか」

と一息で発声して相手の返答は聞かぬまま、テーブルの角の背もたれのないスツールにお尻半分だけ腰掛ける。空いたグラスに氷を入れ、ウイスキーはちょい多め、炭酸を注ぎ、マドラーでカラカラ2回転半。最高のハイボールを作る。この数秒の所作だけが私が1番綺麗に見える瞬間と自画自賛。カオリちゃんと西田のクソもつまらない会話を愛想笑いで聞き流す。この店に勤めて5年、いよいよ年長組に突入。ママにもチーママにもなれず、アルバイトの若いホステスのヘルプとしてのんびり仕事している。

「カオリちゃん、カウンターのお客様お願いします」

「はーい。ごめん西ちゃん。少しだけ行ってくるから絶対戻るまで待っててね。

「了解しました」

って右手で敬礼した西田に若干引いて、こっそり失笑。

(バカめ。いや、待て。ってことは私がこのテーブルを保たせなきゃならないのかよ、勘弁してくれよ〜、西田はともかく、もう一人の男はさっきから一言も喋ってないのだぞ、私の話術では場がもたないじゃないか〜)ヘルプのヘルプがいるわけもなく、私が場を持たせなきゃならない。

「あ〜、つばめちゃんだっけ、年いくつ?つばめって本名なの?」

明らかにテンションが下がった声だが、西田が気を使って聞いてきた。

「27です。つばめは本名です」

「27かぁ、大変だね」

と言いながらハイボールを一気に飲み干し、おかわりを作れとばかりにグラスを私に手渡してきた。

(何が大変なのだ?どういう意味だ、失礼な奴め)

腹も立ちながらも、そこは仕事と割り切って、再度私の1番綺麗に見える所作を見せつけて、自己満足。

それにしてももう一人は未だ無口のまま。

「夕食は何処かで召し上がってこられたのですか」

と西田のコースターにハイボールのグラスを丁寧におきながら聞く。

「ああ、山鳥(やまどり)で焼き鳥食べてきたんだよ、あそこ本当に美味いんだあ」

とさっき食べた焼き鳥の味を思い出しながら西田が得意げに話した。

「えっ山鳥で、ですか?」

と聞き返し、

「知ってる?オレ史上いちばんの焼き鳥屋」

オレ史上って言葉にツッコミどころはあるが、そこはスルーして、

「そこ、私の実家なんです。美味しいって言ってくださって嬉しいです、うちの両親喜びますよ」

社交辞令的な言葉の中に、さらっと衝撃的事実をぶっこむと、

「くっくっくっ」

突然、無口だった男が堪えきれず、吹き出しながらこう言った

「焼き鳥屋の娘で、つばめって、親のネーミングセンス疑うぜ、串で焼かれてしまうよ」

(西田も失礼だが、開口一発目がコレか。こいつも失礼なやつだな。っていうか、つばめは巣しか食べね〜よ)

「俺達、焼き鳥って言えば必ず山鳥なんだよ。へえ、そこの娘さんかあ、偶然ってあるんだね、オレたち運命感じるね」

って若干キモチ悪い。しかしカオリちゃんの退席に下がってしまった西田のテンションも、持ち直してきたようだ。


「俺、社長なんだぁ、そんでこの人はお医者さんなんだぜ、すごいだろ、エリートなんだぜ」

と、調子に乗ってきた西田が上から目線で言ってきた。

「へぇ〜、社長さんですか、それはすごいですね」

(ここは高級クラブ、大体は社長さんが多いんだよ、成り上がりめ)

少し小馬鹿にした私の態度を察したのか、

「俺達、東星大学の同期なんだ、東星大学だぜ?凄いだろ、つばめちゃんは高卒かい?短大ぐらいは出てるの?」

と今度は学歴至上主義と化した西田が名門大学卒をひけらかす。東星大学といえば旧帝大の次に名門と呼ばれる地方の国立大学で、創立100年と歴史は古く、特に医学部は研究第一主義を掲げ、論文の被引用数では全国トップクラスである。

「それじゃあ、西田さん達は私の先輩ですね」

「ん?」

と西田の目が点となり、言葉が理解できなそうなので、

「私も東星大卒なんですよ」

なにを隠そう私も、学歴社会というピラミッドの上位にいた過去がある。焼き鳥屋の一人娘だが、母親が教育ママで、英才教育で育ったクチだ。高校卒業まで優等生だったのだ。

 無口な男も驚いたようで身を乗り出して聞き返してきた。

「学部は?」

「医学部です。看護学科ですが」

かけてないメガネの眉間のブリッジ部分をエアで中指であげるジェスチャーをしながら言い放った。

「な〜んだ、看護婦さんかぁ。あ、この人は市立病院の内科の副部長先生なんだよ、つばめちゃんも看護婦さんとして雇ってもらいなよ」

と無口な男を指差して偉そうに言った。

(って、適当なこと言いやがって、市立病院の雇い主は市だろうが)

「この人バツイチなんだぜ〜、つばめちゃん慰めてあげてよ〜」

デリカシーゼロの西田の言葉にも腹を立てることなく爽やかな笑顔で頷いている無口な男

「西ちゃん、お待たせぇ」

ベストなタイミングでカオリちゃんが戻ってきた。これで私のお役御免。さっと席を立ちお辞儀をペコリして退席すればいい。

「つばめちゃん、先生に名刺渡してあげてよ」

って西田のお節介。欲しそうにもしてない無口な男に自分の名刺を手渡して、

「山鳥つばめです。今日はありがとうございました」

「くっくっくっ。山鳥つばめって、マンガみたいな名前だね。またね、つばめちゃん」

と、名刺を受け取った。


 それから10日ほど経った。平日の早い時間から常連の客がカウンターでベロンベロンに酔っ払ってる。店が暇だとママの機嫌が悪い。ママの怖い目線をそらす為、客にメールしているふりをして携帯をいじる。こういう時間はすごく長く感じるものだ。

「いらっしゃいませ」

ボーイの声が聞こえた。

「つばめちゃん、ご指名です」

(は?私を指名してくれるのは、実家の焼き鳥屋の常連のおじちゃんか、日本酒バーで顔見知りになった月イチでニューヨークに行くという謎の社長だけだ)

「こんばんわ」

それは、あの時の無口な男、確か医者だったっけ、と記憶をたどりながら

「あっ、んー先生いらっしゃいませ、今日はお一人ですか」

前回、名前を聞きそびれ、医者って情報しか持ち合わせていないので小さめの「んー」で誤魔化した。

「あーつばめちゃん、今日は近くで研究会があって、発表してきたんだ、発表したスライド見るかい?」

「あー見たい。ぜひぜひ」

と、ノリで言ってみたものの、この5分後に「見たい」っと言ってしまったことに大きく後悔することになる。

 先生は冴えないトートバッグからノートパソコンを取り出し、パワーポイントでスライドを見せてくれた。それは異所性腺腫による原発性副甲状腺機能亢進症なんちゃらで、なんやら全くわからない内容ではあった。

でも、一生懸命説明してくれてるので、必死に理解しようと努力だけはした。

 しかしここは、高級クラブ。医学の講義を受ける場所ではない。でもそんなこと気にも止めず長い講義を続ける先生がなんだか不思議と面白く、この人間に興味が湧いた…しかし、飽きた。

 さて、講義も終わり、喋り疲れたであろう、先生が

「つばめちゃん、この後お寿司でも食べに行かない?」

まさかのアフターのお誘い。私にとっては年に一度あるかないかのアフター、思いもよらない人からのお誘いに、もちろんOKして、周りのホステスたちは、(えっ?つばめちゃんが?)という、驚きと嫉妬の混じった刺すような目線をおくってくる。

「ママ〜アフター行ってきます」

と、久しぶりに堂々とアフターに行けることに優越感を感じて、そこそこ気持ちよかった。

 

 さて、繁華街から少し歩き、住宅地の中へ。(こんなところに寿司屋なんかあるのか、まさか家に連れ込む気か?)と警戒心を強め、お互い落ち着かない中途半端な距離感で歩き続けること20分。小綺麗な玄関に白い暖簾がかかってるが見えた。カラカラカラと品の良い音のする引戸を開けると

「お、先生〜いらっしゃい」

カウンターの中から店の雰囲気とはギャップを感じるピカピカつるっぱげの大将が声をかけてきた

「珍しい〜ね、女の子と一緒かい?」

どうやら先生の行きつけの寿司屋ならしい。強面のピカピカつるっぱげの大将、美人の女将さん、夫婦二人で、きりもりしているようだ。6席のカウンターだけの店。一輪挿しに生けた生花がこの店の高級感を演出している。

「お嬢さん、何にする?」

って、つるっぱげが聞いた。強面から発せられる優しい口調に少し拍子抜けして、一瞬、言葉に詰まった。

「大将おまかせで」

と先生が私の代わりに答えた。

「ところで先生、お名前を伺ってもいいですか?どこかの内科医って事しか知らないのですが」

今更ながら、目の前の男の素性を聞いた。

「あれ?そうだったっけ?教えてなかった?僕は犬上(イヌガミ)って言います。犬上慶(イヌガミケイ)

「犬神家の一族ですか?」

「そう言われたのはつばめちゃんで108回目だから」

と、さらっとそう返したが、言われ慣れすぎて、もはや心地よさまで感じているような、まさに108という煩悩を捨ててるか仏様のようにも見えた。いつ言っても108回目なんだなと勝手に推測。

 犬に上って書いてイヌガミと読むのだそうだが、それに(ケイ)って…。私の名前のネーミングセンスについてとやかく言われたことが腑に落ちない。

「大将、僕バツイチになっちゃってさ〜」

犬上先生は饒舌に話始めた。それは彼にとってこの寿司屋が完全なホームだからなのだろう。彼の話のテンポに合わせるように、大将おまかせの握りが出されて、それはそれは美味しかった。

バツイチになった経緯を何故か楽しそうに話してた。でも、そこには笑って話すようになるまでの長い時間や、様々な葛藤を超えてきたんだな、と感じた。そして大学時代、当時教育学部の西田と塾の講師のアルバイトをしていたこと、卒業後に西田が塾をオープンさせ今に至ること、研修医時代にモテたこと、バイクで一人旅をしたこと、彼の歴史を掻い摘んで話してくれた。

「ああ、お腹いっぱいです、ごちそうさまでした」

「あ、つばめちゃん、これあげる」

犬上先生は、ポケットから三つ折りの5000円札を手渡し

「タクシーで帰ってね、今日は遅くまでありがとう、僕は走って帰るから。またね」

と言って、私の頭をポンポンした。そこに下心は1ミリも感じず、逆にそうみられてないことに女として少し残念な気もしたが、爽やかに走って帰る犬上先生を見送った。私も繁華街まで出てタクシーに乗った。車中で頭をポンポンされたことを思い出しながら、三つ折りの5000円札が、まるで子どもにあげるお年玉に見えて、ひとりでニヤけてしまった。

 

その翌日、また店は暇すぎて、ママの機嫌が悪い。客を呼べないホステスは「休憩」というシステムを使って時給返上して外の喫茶店で時間を潰すことができる、というか強制的に休憩を取らされる。

「つばめさん、一緒に休憩行きませんか?」

ピンクの髪のカオリちゃんが珍しく誘ってくれた。

「いいよ、でもあんまり持ち合わせないからね」

「全然、割り勘で大丈夫ですよ」

7つも年下の女の子との割り勘は忍びない。

 クラブの衣装ドレスのまま、ビルの向かいにある「和風喫茶あさがお」に入った。他の客からも完全に浮いた存在と自覚しつつ、気にせず二人であんみつを注文した。

「ところで犬上先生どうでしたか?」

と、知りたがり100%のピンク髪。

「どうって?あ、でも意外と面白い人よ。ツボにハマるっていうか…」

「エッチはしたんですか?」

ピンク髪の直球にデッドボールをくらい、内心ドキドキした(ピンクは髪だけじゃなく頭の中もなのか)

「ああ、そういう感じじゃないよ、紳士、紳士」

どうやらピンク髪はこの事を探るために休憩に誘ったのだな。

「昨日、犬上先生が一人でお店に来たじゃないですかぁ。その前に西ちゃんに電話して、どうやって指名ってすれば良いのか、ボトルは入れたほうがいいのか、アフターの誘い方とか色々聞いてたみたいで。こういうクラブに一人で飲みに来るなんて、したことがないんですって、犬上先生。なんか、かわいいですよね、つばめさん気に入られたんじゃないんですか?いいなぁ、お医者さんに見初められるなんてぇ。玉の輿じゃないですかぁ。」

と、言わなくていいことをペラペラと…。ニヤニヤしたピンク髪のカオリちゃんが小悪魔に見えてきた。

「西ちゃんが犬上先生とつばめちゃんをくっつけようとしてるんですよ」

「面白いね、あんたら勝手に楽しそうだね」

苦笑いしながら言った。

(西田とピンクの小悪魔の余計な企みにまんまとハマるものか)


 でも、おかげで少し犬上先生という人が分かってきたような。クラブのホステス相手にわざわざスライド見せて原発性副甲状腺なんちゃらの話を延々としたのも、彼の精一杯の照れ隠しだったのだろう。

ピンク小悪魔のこの話で合点がいくというものだ。

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