断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
(2021.06.04)
ヒロインに関して説明が少なかったと反省したので大幅に改稿しました。
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前にむけて婚約破棄を告げているところだった。
えーっと? なんだっけ、これ。
すっごく見覚えがある絵面っぽいんだけどなぁ。
視点が……そうそう。テンプレ王子様の後ろで、王子様とは別の系統のイケメンたちに囲まれて震えている令嬢の右斜め辺りからこの場面を見ていると、丁度私の知っている構図になりそう。
えっと。
えぇーっと?
……
わかった! 『その聖女は淫靡な夜露に濡れる』の断罪シーンだ。
お約束ともいえる貴族子息令嬢と優秀な平民を集めた学園で繰り広げられる成り上がり恋愛シミュレーションゲーム。
ある意味メインディッシュともいえる断罪シーンである卒業パーティーでのイベント中なのか。
悪役令嬢であるアルテシア・シンクレア公爵令嬢に、メインヒーローである王太子ゲストール殿下が、これまでヒロインとの恋愛バトルの結果を基に婚約破棄を突きつけ、修道院送りにするところだ。
というか、ついさっきまでやり込んでる最中だった筈の18禁乙女ゲームだ。
……いいじゃないのよ。仕事で疲れてリアルで恋愛する気力なんかないんだから。
サクッとそういう現実で満たされないアレでソレな部分を満たしてくれる素晴らしいツールだと思うの。うん。
ぶっちゃけ、心惹かれる何かのない相手と妥協してオツキアイするくらいなら、私はゲームの世界に生きるね。よっぽどマシ。
でも、段々と乙女ゲーム歴が長くなってくると共に、「手が触れた」だの「視線が……」だの程度で満たされることがなくなってきちゃったのだ。
「おら、そこでぶちゅっとやらんかい」ってな風にね? えへ。
まぁいい。つまりはあれだ。
寝落ちして、さっきまでやってたゲームの夢を見てるんだな、私。
しかもヒロイン視点ではなく、これから始まる、悪役令嬢が修道院という名の高級娼館で、あんなことやこんなことをされちゃうのを楽しもうっていうのか。
なるほど、私。さすが、変態淑女、私。
不細工な金持ちたちにいたぶられる元光の聖女アルテシア。
足を囚人のような鉄の鎖で繋がれ、足や腰はほっそりしてるのにボリューミーな胸と尻のダイナマイトボディは黒革ベルトに拘束されて、豪奢な金色の髪まで白濁液まみれ。
そりゃもう、あんなことやこんなことを、夜と言わず昼と言わず……ぐへへ。
おっといけない。ヨダレ涎。
じゅるりとおげふぃんな音を立てて、口元に垂れたそれを啜り上げた。
思わず自分の想像に、淫靡なため息が漏れてしまった。
お。ラッキー。なんだか肩を押さえ付ける力がちょっと弱くなった気がする。
なるほど。その手を辿り顔を見れば、やはりあの断罪シーンの通りに、攻略対象その2、騎士団長の嫡男バルト・ブミンの顔があった。
耳まで真っ赤だ。やあね。ヒロインにあんなことやこんなことしまくってた押せ押せ脳筋キャラの癖に。今更、この程度で顔を赤らめて純情ぶるなんて。
でもまぁ。女性とのあんなことやこんなことを知ってるからこその妄想ってあるわよね。わかる。
「……この国の次代の国母としての自覚もなく……お前は、もっともそれに……相応し……」
なんか王太子による断罪のセリフが続いているけど、やたら長いので無視。
大したこと言ってないし、いつも同じセリフだったからスキップしてたんだよねぇ。ホント、長いな。
今のうちに周囲を確認しとこう。力が弱くなったとはいえまだ両肩を押さえつけられているから、あんまり全方位を見渡せる訳じゃないけど、できる限り現状を把握しなくちゃね。
まずはヒロインの顔を拝んどかなくちゃ。
デフォルト名はなんだっけ? えーっと、そうだ。アンジュだ。
リアルの私は両目0.03以下の近眼乱視女だから分厚い眼鏡がなかったら何にも見えないんだけど。さすが、夢! 裸眼でも細部まで全部見れる。はぁ、眼福。
ふわふわストロベリーブロンドは肩につく程度のセミロング。ハーフアップにしている髪につけているのは、魔術師団長子息イース・コットの好感度がMAXになった時に貰える彼の瞳の色と同じ翠石が嵌った髪飾りだ。揺れる細工がお高そう。そういえば、あれって盗撮魔法掛けられてるんだよねー。綺麗だけど、イヤゲモノが過ぎる。でもこれ渡すの、もっと前だったらいろいろ修羅場発生して楽しかっただろうなー。その後のファンディスクでしか機能してないのが残念よね。
飴玉みたいに大きな潤んだ瞳、ちいさなバラの花びらみたいな唇はツヤツヤで、青みがかった濃ゆいピンク色。
……あ、あの艶とぷっくり具合はあれね? この断罪シーンの前に、騎士団長嫡男バルト・ブミンと大人なキスをぶちゅっとかましまくって「すまない。口紅が剥げてしまったようだ。もっと激しく口付けを交わせば、その代わりができるだろうか」とか言われて更にあんなことやこんなことをした証ね?
うふふうふうふ。
このイベントスチルが取れなかった時は、髪色に合ったピンクゴールドの口紅の色だもんね。イヤリングもバルトの色の黄色い石ついてる。大丈夫、わかってるよ!
でもって。ほっそりした首にはダイアモンドの首飾り。うんうん。ちゃんと真ん中に大きな碧石がついてるね! すごい大きさだ。肩が凝りそう。モチロン我らがメインヒーロー王太子ゲストール殿下の好感度もMAXということだ。さすがである。
そして不安げにゆるく握られた手を飾るのは水色の石がついたバングルだ。すごい、養護教諭フラン先生もちゃんと落としたんだ。一応女性嫌いっていう設定だから、仲良くなるのだって難しいのに。
正規ルートの攻略対象者4人から好感度MAXのプレゼントを貰うとは。このヒロイン、やりおる。
ま、全ルートクリアしている私が観てる夢だもんね。当然といえば当然か。
しかし、ヒロインがここまでクリアしているということは、もしかして最後のひとつもあるのだろうか。
ジッと目を凝らしてドレスを観察する。
………! あった。
ドレスにちりばめられている真っ白の真珠。その中にひとつだけ、胸元のリボンに隠されるように輝く黒い真珠があった。
これは、お助けキャラである図書室司書ルイスからの好感度もMAXである証。
モチロン隠し攻略対象である。
ということは、だ。
いた。王太子殿下の背中のマント(王子様の着けてるあの赤いダサい奴)に隠れてよく見えなかったけど、ヒロインの横に、誰かが立ってた。
ちっ。王太子め。もうちょっと立ち位置考えなさいよ。良く見えないじゃん。
でもあのズボンの色は間違いない。図書室司書ルイスもここに来てるんだ。……んーと、手は……?
あぁん。王太子、ホント邪魔!
シーン。
「おい、アルテシア。お前、いま、なんといった?」
あ。口に出してた? てへ。
滔々と気持ちよく悪役令嬢の罪状をあげ連ねていたのだろう(聞いてなかったからわかんないけど)王太子殿下が、私を睨みつけながらこっちに近づいてきた。
ちょ、くんな。
あ。でもいい。最高。すてき。
ヒロインの左手の小指に、司書ルイスの指が絡んでいる。
それを確認した私は、いま、猛烈な感動に打ち震えている。
おおおおおお。真の隠し攻略対象がお出ましになられるぞーーー!!
そうか、彼が、来るのか。鼻血噴かないように気をつけなくちゃ。
エロを体現したエロ皇太子。身分を隠して留学してきている隣国の皇太子殿下エドワルド・ランドーリア殿下が。
張りのある浅黒い肌に、長くてまっすぐな漆黒の髪。
異国情緒あふれる切れ長の瞳に見つめられたら、落ちない女子はいません(暴論)
はあはあ。
ルイスはエドワルド皇太子の従弟だ。でも王弟であるルイスの父(亡くなっとる)が出奔してから平民に産ませた子なので皇国の王族とは認められていない。王弟を探している過程で見つかったんだけど、本当に血を継いでいるのかその目で確かめにきた、という設定である。
だから、その王弟の忘れ形見であるルイスが惹かれたヒロインのことも見定めようとする。
うん。よし、わかった。
ここから、私が採るべき道が分かったぞー!!
と。たった今元婚約者となった王太子殿下を怒らせて、私が殴られるまでの約10秒くらいに考えを纏めた。
そして今、私は王太子殿下に殴打されてふっ飛ばされてるところだ。
「きーーーやーーーーっ!(棒)」
え? 別に痛くはないよ。
飛んだの自分からだし。
バルトは吃驚して手を離してたから、簡単だった。
よろよろ~っとしながらクルクル廻った私は、モブと化したクラスメイト達の居並ぶ中に突っ込んでいって、目当てのその人の腕の中に納まることに成功した。
もちろん、ランドーリア皇太子エドワルド殿下の腕の中だ。
今はその身分を隠して、ついでに顔も隠して分厚い眼鏡を掛けたモブの振りをしているので、ランドーリアからの交換留学生ワドって名乗ってる筈だけど。
やったー! うわー。腕の筋肉すごーい! 胸板厚ーい!!(大歓喜)
さりげなく頬ずりしてその感触と首筋から仄かに立ち昇るスパイシーな香りを楽しむ。うへへ。最高の夢だな、こりゃ。
画面を見ているだけでは、手のひらと頬に直接感じる感触も体温も鼻をくすぐる芳香も、想像ばかりで本当はどういうものなのかなんて、わからなかった。
リアルすごい。夢だけど。
こんなにリアルな夢は初めてだ。きっと直前までやり込んでたから、細部まで表現できるんだ。
なんて。私の頭の中にある『淫露』の知識以上、それどころかリアルにおける少ない経験による知識以上のものが、この夢には、ある。
ならば。堪能してみせましょう。どこまでも。
18禁ゲーマーの腕の見せ所じゃない?
悪役令嬢ヒロインプレイなんて美味しいじゃない。
攻略サイトの情報がないからって、怯んだりしないわ。
初見プレイを恐れてどうする。やりきれ、私。
この夢にいる間に一枚でも多くのスチルと一つでも多くのイベントを味わってみせるのだ。
「ご、ごめんなさい。わたし、私っ」
ヒロインになりきってその分厚い胸板に縋りついた。
傍目からはダサい平民に泣きついてるみっともない公爵令嬢なんだろうけど。
キニシナイ。
「女性に手を上げるなど無粋にもほどがある。大丈夫ですか? 美しい令嬢であるシンクレア様に、涙は似合いませんよ」
おぉ。皇太子である素養がにじみ出てしまっている。
やっぱり身についた礼儀作法は、こういうところで出ちゃうんだろうねー。
メインヒーローの王太子との差がすごい。
「おい、平民。その女はもう貴族令嬢などではない。庇いだてなどする必要はない。こちらに寄越せ。身の程を弁えさせねば」
迫りくる王太子の手に怯えたフリをして身を固くすると、するりと後ろに庇われた。
うーわー。スマートそしてクール。なによりエロい。
わざとぼっさぼさにした髪が靡いたその向こうに、きりりと引き締まった顎が見える。
大き目の唇は薄い。その薄い唇を、朱い舌がちらりと舐めた。
大きく息を吐いたと思うと、「力づくで乙女の尊厳を奪うのは、趣味じゃないな。興を削がれる」
それ、ヒロインが言われる奴ですやん(混乱)
ワドが、胸元から組紐を胸元から出して口に咥えた。
そのまま流れるような仕草で大きな手で前髪を掻き上げ、後ろのぼっさぼさだった髪と一緒に手漉きで纏めて、その組紐で結ぶ。
生組紐咥えスチル、イタダキマシタ。
黒髪長髪オールバックの無造作ヘアへと一瞬で生まれ変わったワドが、最後の砦となった分厚い眼鏡を外し、姿勢を正した。
そこでようやくヒロインが動いた。
私が飛び込んだ腕の持ち主が、真なる隠し攻略対象であるエドワルド・ランドーリアその人だと気が付いたのだろう。
くっくっくっ。しかし、もう遅いんだぜ?
せっかく庇ってくれた逞しい背中から出ていくのは、後ろ髪を引かれる思いがする。
でも、できるだけ美しく見えるように胸を張って一歩前に踏み出した。
「ありがとうございます。でも、いいのです。……確かにわたくしは、公爵令嬢としても、王太子殿下の婚約者としても不適切な対応を取ってしまいました。恥ずべき行為を取ってしまったと、後悔しております。申し訳ございませんでした。慎んで、ゲストール・グラン王太子殿下との婚約破棄をお受け致します」
令嬢らしく、美しい所作で頭を下げる。
うむ。周囲が息をのんでこちらに注目するのが楽しい。
私が素直に自分の非を認めると思わなかったのだろう。それに周囲の頬が赤いな?
ふふ。見惚れるがいい。いまの私はアルテシア・シンクレア公爵令嬢。18禁乙女ゲーム『その聖女は淫靡な夜露に濡れる』内では光の聖女とも呼ばれ、そのエロボディには定評のある美貌の悪役令嬢その人なのだ。
あ。光の聖女っていっても魔力うんぬんは関係ない。単なる教会への貢献度で選定される名誉職だ。つまりは実弾(金)だね。
王太子殿下の婚約者として恥じない存在となるために、父であるシンクレア公爵が頑張っちゃったということだ。もちろん汚い金である。悪役令嬢の実家だし。そういうものよね?
「わ、わかったならいい。では、いますぐ修道院へ」
「お待ちください! いま少しだけお時間を戴きたいのです。元婚約者であり、グラン王国の忠臣として、殿下に奏上したき言がございます。どうか、どうか哀れな女の、最後の言葉としてお聞き届けいただけないでしょうか」
ツーっと、涙を流してみた。
うん、噓泣きは上手なんだ。簡単よ? 取り落としたスチルをもう二度と手に入れることは出来ないと知った、これの前の前に嵌ってたソシャゲの、推しの期間限定イベントスチル(要課金)について思い出せばいいんだもの。あの時は若くてお金なかったわね。学生時代の方がずっと課金できてたわ。ふう。
推しがチョコまみれになって微笑んでるだけの絵だって知ってたけど。はぁ。今でも欲しいわ。あぁ、切ない。
さめざめと泣きながら訴える私に、王太子殿下は少し怯みながら許可をくれた。
ヨッシャ!
この時、ようやく傍まできたヒロインが王太子殿下の腕に巻き付いたけど、もう遅いんだぜ?
「確かに、ひろい……こほん、下町の聖女と名高いだけあって、アンジュ様の性なる思いは崇高ですらあります。その性なる御業で皆様を幸せにしていらっしゃることは、わたくしにはできませんが、素晴らしいことなのだろうと思っておりました」
ふふん。音だけなら一緒だもんね?
「ただ……やはりいくら崇高なる思いから生まれたものであったとしても、性的な行為は、不特定多数にばら撒くように、堂々と、アッチコッチで不特定多数の男性陣に無差別……いえ、顔面偏差値の高い方だけでしたわね。えぇっとそれでも多数の方へ行使されるのは、風紀を乱す行為ではないかと愚考いたしました。つい口うるさく、いえ、愚行ともいえる行為を冒してまで阻止を企てました。大変申し訳ございません」
私のいう”セイなる”とか”崇高なる”行為が、自分以外にも気軽に施されていたと気が付いた男性陣がソワソワしだした。
ソワソワしてる奴等は全員、身に覚えあるんだねぇ?(ゲス顔)
浮足立つよね。病気とか、気になるよね。
「なっ、なにを。……し、しつれいですわっ!」
「何がどのように失礼でしたでしょうか? お教えいただけますか、性女さま」
この学園には、いろんな場所に死角がある。
たとえば、中庭の植え込みの中。なぜか葉の生い茂った背の高い木に囲まれた空間が、中庭の結構な真ん中にある。
ただし、一面だけ木の位置が少しだけズレていてそこから入れる。ただし、外からはそのズレはわからなくて、中は見えないことになっている。
その中で昼寝をしていた王太子殿下は、転んで植木の中へ突っ込んできたヒロインといつしか懇ろになり、皆が昼食を食べている目の前で、直球でねんねんゴロゴロあんなことやこんなことをして貰うのだ。
下町の聖女様は、下町にいた時と同じ気安さで、王太子殿下の、優秀過ぎる婚約者(私)を持ったことでささくれたハートと身体を全力で癒してあげるのだ。即物的に。
たとえば、演武場の隅にある、シャワールームの一番奥。鍵が壊れて掛かったままになっている筈の個室で。
たとえば、魔法演習場に隣接している、魔道具置き場にある大型ロッカールームの中で。
たとえば、養護教室のカーテンで区切られたベッドの上や、養護教諭だけが使えるどっしりとした机の下で。
音楽室の隣の空き教室や、渡り廊下にある塀と植木の隙間、鍵が掛かっている筈の屋上。
ありとあらゆる場所でその秘密の性なる魔法(物理)は行われ、みんな(男子生徒のみ)がそれによって癒される。
時には暴力的に始まるそれも、ヒロインの優しさにより、いつしか幸せなそれに変わるのだ。
素晴らしき下町の聖女アンジュ。
その気安さで、すべての男性陣を癒す。
正しい18禁乙女ゲームのヒロインである。
でもね。「下町の聖女アンジュは自分だけのもの」だと思っている攻略対象者としては、どうなのかしらね?
「アンジュはすばらしい女性。聖女だ。変な言いがかりをつけるなら、修道院などといわずに、即刻首を刎ねてもいいんだぞ?」
王太子殿下のただならぬ言葉に、周囲が騒めいた。
そりゃそうだ。こんな場所で、婚約者のいる自分が、婚約者以外とあんなことやそんなことをしておきながら、その婚約者を断罪して婚約破棄を突きつけ、修道院送りにすることを宣言したなんて、素直に認められる訳がない。
王太子殿下に不都合な事実だらけで、お腹いっぱいだ。テンプレ罪状多すぎんだろ、おい。
「いいえ。王太子殿下に対して思うことなど何もありません。ただ、アンジュ様の着けている髪飾りは魔術師団長子息イース・コット様の瞳の御色で、イヤリングは騎士団長ご嫡男バルト・ブミン様の瞳の御色、バングルは、フラン・ブロール養護教諭からの贈り物と同じものですわね。先日、ブロール養護教諭が、とても嬉しそうにお店で受け取られていく時に同じお店におりましたの。『愛しい方への結婚を申し入れるための贈り物なのです』と恥ずかしそうにされてましたわ。瞳の御色の石を入れられたそうですわ。あら、アンジュ様のものも、教諭の瞳の御色と同じ御色の石なのですね? そして……」
「もういい! そうだ、確かに首飾りは私がアンジュにプレゼントしたものだ。この卒業パーティに聖女として出席するに相応しい一品を、その著しい働きにより下賜した」
まるで商売女への付け届けのような言い草に、アンジュが瞬間的に反応した。
「そんな! 殿下が、私への愛の証だと仰って、これを贈ってくださったのではありませんか!!」
「おい、簡単に白状しすぎだろ」
思わず素になってツッコんでしまった。いけない。今の私は公爵令嬢、光の聖女ですのに。
誰からも指摘されないので不審に思って見回せば、誰もが私の言葉になど気に掛けていなかった。
それどころじゃなかったらしい。
後ろから刺された形になった王太子殿下の顔色は、真っ青だった。
婚約者持ちが、婚約者以外に愛を囁くのも、その愛の証といって自分の瞳の色の石が入った、豪華な首飾りを贈るのも、全部アウトすぎる。
だよねー。うんうん、よかったー。
でも、ここで手を抜いたりしないぜ、俺は。くっくっく。
やる時は完全に仕留める。それがゲーマーとしての、矜持だ。
「いいえ、王太子殿下。私が先ほど最後に指摘しようと致しましたのは、性女アンジュが着られているその美しい豪奢なドレスですわ。あぁ、でも公爵令嬢たる私が着ているドレスより金に飽かしたドレスが誰からの物かについては今は追及するつもりはございません。ご安心くださいませ」
王太子殿下を安心させるべく、にっこりと笑いかけた。
どうよ、アルテシア渾身の笑顔だ。とくと拝め、不埒な浮気男め。多分、最後のサービスだぞ。
「わたくしは、そのドレスに散りばめられたまっしろな真珠の中で、ただ一つ、黒く輝く幻の真珠が縫い付けられている、それを指摘したかったのです。それは、ランドーリアの至宝、ではありませんか?」
びくん、と大きく私の肩に掛けられた大きな手が跳ねた。
そうしてもう一人。ヒロインに置いていかれたままだった、このゲームのヤンデレ枠、学園の図書室司書ルイスの顔が、ヒロインの後ろ姿をジッと見つめているのが見えた。
「あの……これ、は。その、司書の、ルイスさんが、『お守りだよ』って。パーティの前に、着けてくれたんです」
「ほう」小さな声が頭の上から聞こえる。
ランドーリアの至宝とは、ルイスの父であるランドーリアの王弟が出奔する時に勝手に持ち出した国宝だ。
エロワルド……じゃなかった、エドワルド皇太子殿下が、この国まで従弟を探しに来た本当の理由である。
なぜなら、戴冠の儀の際に贈られる三種の神器、王笏と王冠そして宝玉の、その宝玉に埋め込まれていたものだからだ。
海洋国家でもあるランドーリア皇国がその威信を掛けて収集した美しい真珠コレクション。その中で、最も大きく、最も美しいとされているのが、ランドーリアの至宝と呼ばれる黒真珠だった。
つまりは、これがないとエドワルドが戴冠する時に、三種の神器が不完全なものとなるということだ。
だからこそ、自分自身でそれを探すために、エドワルドは身分を隠してこの国へやってきた。
うふふ。ヒロイン性女アンジュ様、あなた、エドワルド狙いでしたのねぇ?
顔面を晒したエドワルドを見つめる瞳が、熱っぽい。
まぁ、そんなエロい顔で見つめちゃ、ダメじゃないですか。
気が付いてないようですけれど、ルイスがゆっくりとこちらに向かってきてますわよ?
ルイスルートを開かなくちゃ、エドワルドは出てこない。
でもそのルイスルートは、正規ルート攻略者4人全員の好感度をMAXにしなくちゃ、開かない。大変だったわよね。ご苦労様。
でもね、てめぇはやり過ぎた。
正規の攻略対象者以外にも沢山いるイケメンパラダイスなここではしゃいで、目についた顔面偏差値一定以上の男子生徒に教師陣、全部食べたな?
さきほどの私の指摘を受けた王太子殿下やその側近候補たちが、事実に震えている。
更に、その後ろや前や横といった全方位で、モブの男性陣が失神したりガクガク足を震わせていた。
多分というか間違いないな。味見されたね、キミ達。
そんな中を、まっすぐここまで歩いて来た、ハイライトの消えた瞳のルイスが、ヒロイン性女アンジュの肩に手を掛けた。
完全に瞳から光が消えとる。おぉ、ちょっと本来とは違ってるみたいだけど。
これ、ヤンデレ監禁ルート開いたよね?
ルイスは幼い頃に父を亡くした。美貌の母は裕福な商人と再婚してすぐに義理父との間に妹をもうけ、その娘ばかりを可愛がるようになる。
「る、るい、す?」
「アンジュは、僕のほかのヒトでも良かったんだ? 僕だけじゃない。いっぱいいたんだね?」
家族の誰からも必要とされないまま生きてきたルイスは、それでも誰かの役に立ちたくて仕方がなかった。
長じるにつれてその傾向は強まり、好きな女の子から受けた恋の相談にも笑顔で乗るような、かなり自虐的な性格になった。
「いや、……ちがうの。ちが、わたし……ちがう」
「そっか。ちがうんだ。なら、僕だけ? そういうことでいいのかな?」
だから本来なら、ヒロインの手を取ろうとはしない。
彼女の、ルイス以外のすべての攻略対象者からの好感度が著しく下がったりしない限り。
そして今。かなりイレギュラーな状態ではあるけれど、確かにMAXだった筈のヒロインへの好感度は、病気への心配と共に著しく減った。そのことは間違いない。
「ちが……いや……」
「んん? 聞こえないな。そうだ、もっと静かな場所にいこうか。そこなら、ゆっくり、アンジュの声も聞こえるし。アンジュには僕しか必要ないもんね?」
涙目で、懸命に首を振るアンジュの手をしっかりと掴んだルイスが、そのまま彼女を抱き上げた。
細いのに、力すごいな。
せめてもの抵抗なのか、懸命に背中をポカポカ殴っているけど、全然気にしない様子で足を進めるルイスの前に、王太子殿下が立ち塞がった。
躊躇いがちに、声を掛ける。
「おい。かのじょ、を何所へ……」
うわっ、恰好悪っ。迷いも露わに歯切れの悪い声になったのは、唯一だと信じた相手が糞ビッチだと知ったからだろうか。
あぁ、違うな。でもちょっと前かがみだから、不埒な想像をしちゃったのか。
この人も、思ったより業が深いな。
「あれぇ? 王太子殿下ともあろう御方が、僕の子種を胎に入れたことのある女性の手を取るんですか? 自分以外の種の子供が生まれるかもしれませんけど。いいんです?」
その言葉に、王太子殿下の心が砕けた。
一歩だけど、後ろに足が下がった。
この勝負はルイスの勝ちだ。
というか。ゲームでのルイスはこの時点では唯一のプラトニックな攻略対象者の筈なんだけど。
さすがですね、私の夢の中のヒロインは。
一味ちがうどころの騒ぎじゃねぇ。
「僕は、それが過去の事なら、誰の手垢がついていようが、構いませんけどね?」
にたあっと笑ったルイスの圧が凄すぎて、王太子殿下のみならず、他のまだちょっとだけアンジュへの未練を残していた男子生徒や男性教諭陣が地に膝をついた。
単なる勝利ではない。ルイスの完全勝利だ。
誰も動けなくなったパーティ会場を、涙を流し、鼻水を垂らして嗚咽を漏らす戦利品アンジュを掲げた、勝者ルイスが出ていこうと歩いていく。
いや、ただ一人だけ、動いた。
「その至宝は我がランドーリア王家の物だ。返してもらおう」
「え、わ、ワド様! お、おおおおおお助けてくださいっ!」
ルイスの肩に乗せられて腹ばいのまま、アンジュが最後の頼みの綱としてエドワルドへ救いの手を求めて手を差し出した。
でもあれだね、涙目で鼻まで垂れていると、どんな可憐な美人も台無しだね。
「……こんなんでも、亡父の形見なんですよね。僕がそれを差し出した見返りは?」
「……その女との、誰にも邪魔されない暮らし、というのは?」
「乗った」
「ぎゃーーーーー!!!!!!!」
おめでとう、下町の性女アンジュ様。
ランドーリア王弟殿下の忘れ形見の最愛の唯一としての暮らしをゲットできたね!
そう。ヤンデレルートが開いたら最後、その従弟であるエドワルドルートは閉じちゃう。
会えるだけになるのだ。毎回蔑みの視線つきでだけど会えはする。
というか、監禁場所を提供するの、エドワルド様だしね。
微妙な匙加減が、エドワルド攻略には必要なのだよ。
ま、私が、その匙加減ぶっ壊したんだけど。
あー、楽しー。
悪役令嬢ヒロインプレイのエンディングがどこにあるのか知らないけど、目が覚めるまでは楽しく遊んでればいいわよね?
バッドエンドになっても、夢なんだし。
超リアルだけど。
……夢だよね?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこには跪いて私に手を差し出しているエドワルド様がいた。
「美しく、気高く、視界が広く、機転が利く。そんな素晴らしい女性に、いま、婚約者がいないという。どうか私の国へきて、私の傍で、私を支えてくれないだろうか? 決して後悔はさせない。美しい女性が、より美しく生きていけるよう、私は生涯を掛けてあなたに尽くそう」
推しが見上げてるー!
エロボイスでいきなりプロポーズとか。
エローーーーい!!
「……わたくしは、つい先ほど、この国の王太子殿下より、国母に相応しくないとして10年も続いていた婚約を破棄されたばかりの女ですわ。そんな女を、ランドーリア皇国で最も高貴な存在となるアナタ様の横に立たせて、よろしいのですか?」
差し出された手も取らず、お前の正体を知ってるぞ、と暗に示すのみにした。
だって、誘われてすぐに頷いちゃうのはエドワルドには厳禁なのだ。
エドワルドルートをクリアするのは、初見ではまず無理だと思う。
卒業パーティにおける悪役令嬢の断罪が終わった後、ダンスが始まり、攻略対象者から次々に誘いを受けてダンスを踊っていく。5人目としてルイスとのダンスが終わったその時、ランドーリア皇国の皇太子としてエドワルドからダンスの誘いが入るのだ。
その手を、あっさりと取ると、正規の攻略対象者からの好感度が一気に下がる。
二度と誘って貰えないほどに。
更に、エドワルドルートも閉じてしまうのだ。
「尻の軽い女だな。底が知れる」と、冷笑されて、本当にダンス一回で終わっちゃって、ルイス監禁ルート一直線になっちゃう。
でもさ、取っちゃうよね、手。
あんなエロボイスで、エロい視線で切なげに見つめられたらさぁ!
エドワルドルートが閉じちゃうってわかってても、それを断るのは苦行だ。
でもこの苦難を超えて実行せねば、エロワルド様とエロエロワールドを繰り広げることはできないのだ。
それでもダンスの誘いを受けちゃう人は続出したのだ。私もその一人だけど。
今の私は悪役令嬢だし、ダンスに誘われている訳でもない。
けれど、今ここであっさり申し出を受け入れるなんて、選択肢を選べるわけがない。リロできないんだもん。できるかもしれないけど、目が覚めたら終わりだ。時間切れになる可能性の方が高い。
そうして、私の選んだ答えは、正解だったようだ。
「ふふっ。やはり聡明な方だ。いつから私がそうだとお気付きに?」
「さぁ?」
至極満足そうな表情になったエドワルドに、お腹の奥の方がきゅんってした。
それを扇の陰にひた隠しにして、笑って見せる。
ゲームで知ってたからなんていえる訳がないからね。
「私は本気ですよ。正式に、この国と御父上宛に申し込ませて頂いても?」
「……ご随意に。グラン王国の忠臣シンクレア公爵家一女アルテシア。陛下とシンクレア公爵が決めた縁談に、異を口にすることはございません。その時は誠心誠意努めさせていただきますわ」
重ねて差し出された手を、それでも安易に取らず、淑女として礼を捧げる。
最上級の一つ下ではあるものの、深い敬意を表すそれを、エドワルド皇太子殿下は大いに気に召したらしい。
楽しそうな顔をして立ち上がると、だぼだぼのサイズの合っていない制服の上着を脱いだ。
それだけでも漏れ出す色気が倍加したというのに。
「すまない。この国の服は私には息苦しくてな』とか言いながら、首元のボタンを3つも外した。
綺麗に焼けた筋肉質の胸筋がコンニチハしてる。酷い。なんてエロいんだ。
こんなにエロいものを見せびらかされて触れないとは。どんな大サービスですか。
脳内はとんでもなく忙しかったけれど、公爵令嬢としてアルテシアには、それを表情に出す訳にはいかないのである。
悪役令嬢だからね! あくまで冷静に。悪巧みしないとね。
「おもしろい。実に気に入った。今日は素晴らしい日だ。至宝が我が手に還り、心躍る素晴らしい伴侶とめぐり逢えた」
まだ伴侶じゃねぇ、とここで口にしてはいけない。
それ位は、現実世界で干物になりかけの私でもわかる。
「せっかくの卒業パーティです。帰る前に、一曲くらい踊って頂けませんか?」
差し出された手を、今度こそ笑顔で受け入れる。
ここで断る手はない。是非堪能しよう。
踊れるかわかんないけど、悪役令嬢アルテシアのポテンシャルを私は信じる。
私がエドワルドからのダンスの申し込みを受け入れた空気を読んで、オーケストラが演奏の準備を始めた。
私達に向けて、指揮者が軽く頷く。
その合図を受け、安心してホールの中央へと歩み出た。
そう。いきなり始まった断罪がぐっでぐでになったからアレだけど、今日は学園の卒業パーティなのだ。
少しでも楽しい記憶のものにしたいと願う。
高位の貴族である公爵令嬢たる私と隣国の皇太子のペアなら、先陣を切ってダンスを踊る資格は十分だろう。
しかし、せっかくの演奏が始まった直後、また邪魔が入った。
「あ、アルテシア。お前は私の、婚約……」
今更、王太子殿下が割って入ってきた不快感に、思わず眉根が寄った。
「それを破棄されたのは、王太子殿下ご自身ですわ。わたくしという婚約者を持ちながら、いろいろと緩い性女様との愛を深められ、それを諫めた婚約者であったわたくしを断罪なさったのも、王太子殿下ご自身ではありませんか。確かに、わたくしの取った手段は稚拙だったかもしれません。でも、婚約者の不実を見せつけられて、いつまでも冷静でいられるほど、大人でもないのですっ」
ううう、と。扇で顔を隠して泣いてる風を装いつつ、一気に詰ってみる。
ハイ。皆注目~☆ ここでのポイントは、”先に謝る”です。
こちらから謝っているのにそれを受け入れず更に抗議をする方へ、周囲の目は、より厳しくなります。
それも、浮気した男性が、浮気されて傷つき泣きながら謝罪している女性に対してだと、より厳しくなるというものなのですよ。
私も普段はモブだからね。モブの気持ちはよくわかるんだ。
ゲームと一緒だと思うけど、虐めが成功したかまでは残念ながらわかんない。
でも、虐めが失敗して悔しいという気持ちは残ってなかったから、成功したんじゃないかな。
王太子殿下をお慕いする気持ちは、アルテシアには残ってたし。
私には未練とかみじんもないけどね?
でも、アルテシアが悔しいと妬むのは仕方がないと思う。
だって十年も傍にいて、いつか横に立つ日の為に努力してきたのだ。
それをポッと出の平民性女に奪われたら怒り狂う。私だってそうする。そうなる。
だけど、だからこそ、私は王太子殿下に惹かれなかった。
二股男は嫌いなんじゃっ。
一推しどころか推しキャラにすらする気にならなかった。
エロも単調だったしねー。萌えない。
「わ、私は、騙されたのだ。あれは、演技だったんだな。可憐で、やさしくて……」
「演技かどうかはわたくしにはわかりかねますが。心の傷を、丸ごと受け入れてくれて、そのままでいいって言ってくれたんですよね? そうして、身体全部で受け入れてくれた」
私の言葉に、王太子殿下が、こくりと頷いた。そのまま下を向いて俯いたまま動かない。
それでこそ、18禁乙女ゲーム『その聖女は淫靡な夜露に濡れる』のヒロインだ。
愛され系ヒロインによくあるような、流されキャラでもあるんだけど、それだけじゃなくて。
傍にいるだけで安心させてくれる。優しく包み込むようなその笑顔に癒された。
でも。
だからこそ、王太子殿下の婚約者たる公爵令嬢アルテシア・シンクレアは許さない。
「王太子殿下。あなた様は、それほど遠くない未来において、この国を導く最も高貴な存在、君主として或らねばならない御方です。能力という才能が足りなければ、努力という才能で補わなくては。才能もない努力もしない君主に国が導けるとでも? 全てにおいて自信のない、そんな君主についていかなくてはならない部下や国民は、不幸だと思いませんか?」
お飾り二代目社長に困らせられた鬱憤を、今こそ晴らしてくれようぞ! わははははは。
自信ないから、周りに流されまくってコロコロ意見変えるし、すぐ逆切れするし。
下にいる人間は本当に苦労するんだよ。
せめて、協力したくなる人格者になって欲しいなと思う。これ、私の夢の中だから言えるんだけど。
社長本人を前にしたら絶対に言えないけど。
「……すまない。そうか、そうだな。王太子になりたくてなった訳じゃないと言い訳していたが、国民にだって君主を選ぶことはできないんだな。私には、才能だけでなく、覚悟も足りなかったのか」
いえ、君主は選べるよ。
その地で働く農民ですら、家財一切もって夜逃げはできる。全部一からやり直しになるけど。
だからこそ、そこまでするには決断に時間が掛かるんだよ。
正社員になっちゃった後の転職と一緒だね。
「もう、殿下の隣に立つことはございませんが、いつまでも応援しております」
エドワルド殿下に腰を抱かれながら、元婚約者にリップサービスという甘い言葉で飾り立てたトドメを刺した。あんまり直球だと恰好悪いモノね?
相手を思いやる風を装いつつも、『てめぇの出番は永久にねぇ』と言ってやれた。
うむ。満足。
自分を振った男より格上でエロい男を侍らし、その差し出された手を撥ねつける。最高だ。
「では、アルテシア嬢。今度こそ、私とダンスを踊ってくださいますか?」
「よろこんで」
どこか、遠くを見つめるような顔をしたメインヒーローを放り出して、推しから差し出された手を取る。
私は、ふたたび始まった音楽に合わせて、くるくるとステップを踏んだ。
この後、寝ても覚めても夢は終わらず、本当に隣国ランドーリアに嫁ぐことになって、初めて私は、ここが私の夢の中ではないことに気が付いたのだった。
まさかの18禁乙女ゲームの中に転生である。
断罪シーンも切り抜けてた。バンザイ。
まさかといえば、あのヒロイン性女ちゃんは、この世界のリアルヒロインだった。
道理で、全攻略対象者の好感度をMAXにできる猛者なのに、一番人気エロワルド様の擬態を見破れていなかった筈だ。
転生ヒロインだったら、隣国からの留学生ワドでいる時に攻略してる筈だもん。そっちの方がずっと楽そうだ。
性女アンジュちゃんは流され系愛されヒロイン下町の聖女として、正しくラッキースケベを大フィーバー大量大増産しまくってただけだったらしい。こわい。
ちなみに彼女は今、ルイスヤンデレ監禁ルートを満喫している。
可哀想な境遇の美形が好物で、その心を癒すためなら全身全霊掛けてご奉仕するのがだいすきな性女アンジュには、ヤンデレなんてどうということはなかったようだ。
甘受ではなく、ご満悦で謳歌し堪能耽溺している模様。さすがである。
私の、エロワルド皇太子との甘くて甘すぎる新婚生活だって負けてないし、さすが18禁と毎日思い知らされたりしてたりするんだけど、それは話せない。
だって、なろうはエロ禁止だしね!
お付き合い、ありがとうございました♪