行列のできるラーメン屋から追放されたアルバイト、秘伝のタレを発見し最強の職人へ!?〜戻ってこいと言われても一国一城の主人になったのでお断りです〜
醤油ラーメンが好きです。あごだしのやつ。
昼ごろ、男は腹が減ったので飲食店を探していた。
その日の気分に合う飯屋を求めた結果、彼は匂いに誘われ、あるひとつのラーメン屋に辿り着く。
看板には妙に長い店名が書かれていた。
『行列のできるラーメン屋から追放されたアルバイト、秘伝のタレを発見し最強の職人へ!?〜戻ってこいと言われても一国一城の主人になったのでお断りです〜』
男は足を止めて店名を全部読んでしまった。
「まるで……最近のラノベタイトルだな」
不信感を抱きながらも、腹の虫に従い、男は暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ勇者様ー!」
「は?」
男は硬直する。
なんと、店に入った途端、修道服を着た若い女に、笑顔で入店を歓迎されたのだ。
金髪と青い目が美しい女であった。
「お席のほうご案内しまーす!」
「えっあっはい」
言われるがままに修道服の後ろをついていく男。ここでようやくこの女が店員だと気づく。
「ご注文が決まりましたら、そちらの用紙に書き込んでお呼びください」
「はぁ……」
この店では客自らが注文用紙にオーダーを書き込む方式らしい。サイゼリヤと同じシステムか、と男は理解する。
メニュー表を取ると、ここもやはり奇妙なメニュー名が並んでいた。
『女騎士の討伐したオーク!?豚骨ラーメン』
『悪役令嬢に転生した私の地獄激辛ラーメン攻略』
『迷宮ダンジョンの野菜たっぷりタンメン』
『大賢者の最強錬金術!秘伝味噌ラーメン』
「……コラボカフェにでも間違って入ったか?」
眉を顰める男。メニュー表にはラーメンの写真のほかに、いたるところにファンタジー風のアニメキャラが描かれていた。
入店時、開口一番で勇者様、などと呼ばれたのもどうやら幻聴ではなかったらしい。
メイド喫茶などで、客のことをご主人様と呼ぶようなもの。
ここはそういうコンセプトの店なのだ。
男は一番味が想像できそうなラーメン、『現代知識で無双!?日本味噌ラーメン』を注文用紙に書き込み、呼び出しボタンを押す。
『キンキンキンキン!!!』
「!?」
ボタンを押すと同時に、けたたましい剣戟の金属音が鳴り響く。思わず耳を塞いだ男。
「召喚に応じてまいりました!」
先程の修道服の女が現れる。よく見ればかなりの巨乳であった。
女は注文用紙を持ち上げながら叫ぶ。
「それでは鑑定を行います。ステータスオープン!」
「…………」
男は共感性羞恥で俯いていた。
「現代知識で無双!?日本味噌ラーメンでよろしいですか?」
「……はい」
「チートスキルのほうはよろしいですか?」
「チートスキル???」
「もやし、ネギ、味玉などがあります」
トッピングのことだった。すべてプラス110円。男はせっかくかので、うずらの卵のチートスキルを要求した。
「かしこまりました!チートスキル!うずらの卵を獲得です!すごいです!かっこいいー!」
女は女神のような笑顔を見せて、厨房へ帰った。
「…………」
男は、美女にカッコいいと言われて、照れてしまった。
店内を見回すと、思いの外、客はたくさん入っていた。
男の3つ隣の席には、常連らしき青年が、獣耳と尻尾をつけたコスプレ店員と談笑していた。
「ま、まさかこの量のラーメンを食べるんですかぁ〜!?」
「それって少なすぎるって意味だよな?」
「多すぎるんです!」
「……ふひひっ」
店員におだてられ、ニヤける青年。
男は、見て見ないフリをする。ノリに染まれれば楽しいだろうが、外側から見たときの痛々しさは尋常ではない。
そして、さきほど自分も修道服の女の言葉に乗せられて照れてしまったのを思い出し、自己嫌悪におちいる。
ほどなくして、ラーメンが運ばれてきた。
「お待たせしました味噌ラーメンです!SSSレア召喚成功ですよ!お客様すごーい!」
「…………どうも」
「味変化として、そちらの辛味噌で異世界転生していただくと、さらに美味しくなります!それではごゆっくりどうぞ!」
らーめん自体は、特別なところはない見た目であった。無難に美味しそうな味噌ラーメンである。食欲がそそられる。
男は箸を持って、いざ食べようとする。
「ん?」
箸の一本が、西洋風の剣の形になっていた。
「…………」
箸は持ちにくく、食べ辛かったが、ラーメンは美味しかった。
味変調味料……異世界転生として卓上に置かれていた辛味噌も、いいアクセントになった。
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「お会計、味噌ラーメンにうずらトッピングで810ゴールドになりまーす!」
食事後、男はレジで会計をしていた。ゴールドなんて異世界の硬貨なんてあるはずもないので、普通に千円札を出した。
すると店員は、あっ、となにかに気づいたような素振りを見せる。
「?」
店員は小声で囁く。
「勇者様、聖剣を引き抜きになりましたよね?ですから50円引きサービスとなります!国王には内緒ですよ……?」
「???ありがとうございます……?」
箸の形が、聖剣だったのは当たりということだったらしい。
男は、50円引きの760円を支払い、240円のお釣り受け取った。
「またのお越しをお待ちしておりまーす!」
「ごちそうさまでした」
男は店を出た後、ネットでこの店を検索する。店名入力の際、いくつか小説タイトルもヒットしてしまったが、3つ目の検索候補にて、飲食店レビューサイトが見つかる。
『☆☆☆☆☆ なろう系ラーメン!?〜異世界転生したらラーメン屋でした〜』
『オープンしてから1週間後に来店。コンセプトはいま流行りのなろう系小説?
ラーメンの味は普通ですが、店員の対応は神でした!
お客を世界を救う異世界転生勇者と思い込むように指導されているのか、事あるごとに私を持ち上げてくれました笑。
腹の満足感に加えて、精神の充足感もたっぷりに退店することができました!
これからも通おうと思います!星5つです!』
「…………」
たしかに、男は入店前と比べると、かなり元気になっていた。
あの店員に、大げさに持ち上げられ、褒められたからである。
社会を生きていて、無条件に褒められることなどなかなかない。
このラーメン屋は、心の摩耗を補ってくれる、まさに救いのような店だったのだ。
男はレビューサイトに星5の評価をし、また来店しようと心に決めた。
この日男は、晴々とした気持ちで、午後の活動に勤んだという。