表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

嫌われ者の令嬢、復讐を果たす。*

異世界もの詰め合わせ短編集を始めました。

気まぐれ更新です。

 フォルネーゼ公爵家の令嬢、レターナ・フォルネーゼは、“貴族”だった。


 プライドが高く、身分を重んじ、国や領地の民のことを第一に考える。

 貴族であることの誇りを持っていて、貴族であることの義務を忘れることはなかった。

 彼女は美しく、聡明であったが、表情の変化はなく、にこりともしない。冷え切った瞳は、皆を恐れさせた。


 王家に次いで権力を持つフォルネーゼ公爵家は皆、己の感情や欲より、国の利益や民の利益を優先できる、そんな性格をしていた。


 ――――フォルネーゼ公爵家の一族は、優秀だが人間ではない(化け物だ)


 それが、社交界でのフォルネーゼ公爵家の評価であった。



 だから、レターナは、今目の前に広がる光景を理解することができず、端から見れば、必然だったと言わざるを得ないのかもしれない。


「レターナ・フォルネーゼ。貴様との婚約は解消させてもらう」


 生徒会が主催する、月に一度の生徒のみが参加できるダンスパーティー。

 その場に置いて、レターナの婚約者であるこの国の王太子、フィデリオ・ヴィドーが、婚約解消を証明する書類をレターナに突きつけた。


「……理由を伺ってもよろしいですか」


 レターナは普段となんら変わりない抑揚のない声で、フィデリオに問いかける。


(まあ、理由はわかっているけど)


 ちらり、とフィデリオの隣にいる女を見る。

 ふわふわした雰囲気を持つ少女、アグネス・ヒューム。男爵家の娘であり、『慈悲深い』、『優しい』、『思いやりがある』。そんな評価をされるレターナの対極にいる少女だ。

 そんな彼女は、男女問わずたくさんの人を虜にしていた。


 今、レターナを取り囲んでいる彼ら彼女らも、アグネスに魅了された者たちだ。


(王太子に、騎士団長と宰相の息子、国防軍のトップの娘、公爵家の子息たちに、有力商会の跡取りまでいるのね)


 馬鹿馬鹿しい、と言うのが、レターナの感想だった。

 こんなに集めなくても、この学園でレターナに物を言えるのは、王太子であるフィデリオしかいない。


「貴様、心当たりがないと言うのか?!」

「パーティーという場で、大勢の人に囲まれ、いきなり婚約解消を突きつけられる。こんな風に、早急に、しかも礼儀も考慮しないで言われるほどのことの心当たりは、私にはありません」


 それでも、婚約解消の書類があるというのは事実。それには、レターナの父であるフォルネーゼ公爵のサインも入っている。つまり、婚約解消に了承したということだ。


(お父様は、ついに殿下を見限ったのかしら?)


 元々、フィデリオは感情的で、自分勝手なところがあった。王にふさわしいか、と言われたら、即答できないのが事実。

 だが、人を惹きつけるカリスマ性はあったし、他の兄弟は十以上歳が下だった。


「アグネスにした嫌がらせ、忘れたとは言わせない」

「確かにしましたけど、()()()()()?」

「なっ!」


 思わぬ返しに、フィデリオを含めた全員が絶句する。

 アグネスに嫌がらせをしたという事実を、ここまで堂々と認めるとは思ってもなかったのだ。


「嫌がらせ、というのは言葉の選び方を間違えていますわ。私が益のない“嫌がらせ”なんてするはずなでしょう。あれは嫌がらせではありません。そうですね、教育、と言う表現が正しいと思いますわ」

「教育、だと?!」

「ええ。だって、アグネス・ヒューム。彼女は口で注意しても、改善されないんですもの。他の方法をとるしかないでしょう?」

「私、何か注意されるようなことをしましたか?」


 恐る恐る口を開いたアグネスを、呆れたように見つめるレターナ。


(自分はいじめられた悲劇のヒロインと思っているのでしょうね。田舎の男爵家の娘だし、貴族社会のルールに弱いのは仕方ないのかもしれないけれど、だからってこれは残念すぎる頭だわ)


「私は何回も注意してよ、アグネス・ヒューム。覚えていないということは、理解できていないと言うこと。あれほど言ったのに、あれほどのことをしたのに、まだわからないの? 残念だわ」


 アグネス・ヒュームは、貴族社会の秩序を保っているルールを全く知らず、無礼な行為を繰り返していた。

 身分の上の者に気軽に話しかけてはいけなかったり、婚約者を持つ異性とふたりきりでいたり。そういう貴族社会では当たり前のルールを彼女は犯した。

 そういう態度に好感を持つ者もいれば、逆に不快感を示す者もいる。要するに、アグネスの取り巻きが好感を持った者であり、レターナのように注意や彼らの言うところの()()()()をするのが不快感を示した者だった。


「……でも、おかしいと思うんです。皆、同じ人間ですよ」

「しかし、そのルールがこの国を支えてきたルールです。貴女の我儘で破って良い物ではありませんわ」

「そうはいっても、嫌がらせはやり過ぎだろう」


 アグネスを援護するように誰かが言った。その声にそうだそうだ、と賛同の声が大きくなる。


「黙りなさい」


 そんな中、レターナの静かな声が通る。その声が持つ雰囲気に、皆が一斉に口を閉じる。


「だから言っているでしょう? 嫌がらせではありません。教育ですわ。それに、仮に嫌がらせだとしても、アグネス・ヒュームに文句を言える権利も、訴えて勝てる力もありませんわ。あなた方も同じですよ? 私、顔を覚えるのは得意ですの。

 …………身分をわきまえなさい?」


 レターナは相変わらず無表情だったが、何故だか冷たく笑っているような錯覚を覚えた。

 アグネスの取り巻きたちは、ひっ、と声を漏し、うつむく。


 レターナの言葉に反論したのは、長年共にいて、その空気感に慣れているフィデリオだった。


「だが、婚約解消はもう決定事項だ」

「ええ、それは了承していますわ。それについては何の反論もございません」

「ああ、それともう一つ」


 そう言って、フィデリオは書類をもう一枚レターナに差し出す。

 不思議に思いながらレターナは受け取るが、その内容を見たときに、少しだけ目が見開いた。


「レターナ・フォルネーゼ。貴様、それだけの罪を犯していたんだな」

「…………」


 フィデリオが差し出したのは、レターナの罪が書かれた書類――逮捕状のようなものだった。もっとも、全て冤罪だが。

 だが、王族の作成した書類だ。冤罪でも、事実でも、レターナは罪人だ。


 黙り、そして肩を震わせているレターナを見て、フィデリオは勝ち誇ったように笑う。


「…………ふふふふっ!」


 だが、その余裕も長くは続かない。

 レターナは泣いて肩を震わせていたのではない。笑っていたのだ。


「惚れた女のためならば、少しは使える男になれるのですね。見直しましたわ、殿下」


 笑いながら、フィデリオを侮辱する言葉を吐く。

 だが、それをとがめる者はいない。皆、笑っているレターナに驚いて、何も言えないのだ。



 ――――感情ひとつ見せないレターナ・フォルネーゼが笑っている?



「ここまでされてしまっては仕方ありませんわ。ですから私も、誠心誠意を持ってお応えしましょう」


 レターナはにっこりと微笑んで、歩き出す。

 アグネスを守るように立っていた騎士団長の息子の元に行き、「貴方、良い剣を持ってるのね。貸してくださらない?」と、言いながら剣を抜く。


 何をするつもりだ。アグネスや殿下を刺す気か?!

 皆がそんなことを思うものの、レターナの雰囲気に圧倒され、動くことも喋る事もできない。


 レターナ・フォルネーゼには、命よりも大切なものがあった。

 それは、己のプライドであり、公爵家であり、この国であった。


(私が罪人になってしまったら、公爵家に迷惑をかける。それに、こんな奴らに屈するなんて、私自身が許せないわ)


 だから。

 レターナは、その剣を躊躇うことなく、自分の喉に突き刺した。


 びしゃり、と血吹雪が飛ぶ。近くにいた者の顔や服を、真っ赤に染めた。


「……ひゃああああああああああ」


 誰かが叫んだ。そして、その恐怖は周りに伝染していく。



(ざまあみろ)


 レターナ・フォルネーゼは薄れいく意識の中で、そんなことを思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ