三章 月食の瞳
黒石の烏が願った通り、その子どもはすくすくと育ち、娘となり、嫁となりました。黒石の烏はその姿を毎日遠くから眺めていました。やがて、妻の生まれ変わりは遂に寝たきりになり、息を引き取りました。黒石の烏はそれを見届けると、静かに飛び去りました。
黒石の烏が再び妻の生まれ変わりに出会ったのは、それから十数年後のことでした。今度は妻は美しい彼岸花になっていました。月食の色をした彼岸花は、他の彼岸花とは違う美しさを秘めていました。黒石の烏はその傍らに舞い降りましたが、月食の彼岸花はそよそよと風に揺れるだけでした。途端に胸が張り裂けそうになって、黒石の烏は耐えられずに飛び去ったのでした。そしてそれからは、以前と同じように離れた場所から、花が散るまで見守ったのです。
黒石の烏は何度も願いました。次こそは再び黒石の烏になって欲しい。次こそは再び自分の妻になって欲しい。次こそは、次こそは。
けれど幾年経っても妻が黒石の烏になることはありませんでした。人間の子どもをはじめ、彼岸花、野兎、魚、犬、熊、大木、狐と何度も生まれ変わるものの、決して黒石の烏にはなりません。やがて黒石の烏は、再び人間になった妻を見つけたのでした。黒石の烏は、いつものように遠くから妻を眺め、その幸せと再び自分と共に過ごしてくれることを願っていました。
ふと、妻がこちらを見た気がしました。自分のことを覚えていない妻は、今まで何度生まれ変わっても黒石の烏に気づくことはありませんでした。けれど今、確かに黒石の烏と同じ月食の瞳でこちらを見つめていたのです。黒石の烏は感極まって、妻の方へと飛び立とうとしました。
その時、たった一発の乾いた銃声が響き、火薬の匂いがしました。黒石の烏は、どさりと地べたに落ちました。
自分と同じ月食の瞳が、その照門の向こうから、静かにこちらを覗いていました。