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黒石の烏  作者: 赤亀たと
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二章 再び

 残された黒石の烏の悲しみは、深いものでした。その寂しさを紛らすものもありません。あの愛しい妻が居なくなった今、黒石の烏には、共に飛び立つ者も、共に舞い降りる者も、もう誰もいないのです。

 

 黒石の烏は、一羽きりで長い数年を過ごしました。時折食べる物には味がなく、見る景色には色がありませんでした。そして、妻の最後の叫びを思い出しては、内蔵を細糸できりきりと締め付けられるように苦しくなるのです。眠っては妻の事を夢に見て、起きては妻との思い出にふけていました。

 

 そうして一年、二年と過ぎていきました。もう何千年も生きてきた黒石の烏でしたが、こんなに長いと思う一年一年は、初めてでした。


 何度年が去り、年を迎えたのでしょう。黒石の烏はある日、重苦しい翼をなんとかはためかせて空を飛んでいました。すると、どこからか声が聞こえてきたのです。

「見て!すごく綺麗な烏だ!」

その言葉を聞いた途端、身の毛がよだちました。人間です。自分を指さしてそう叫んでいるではありませんか。妻を殺されて以来人間を避けてきた黒石の烏は、この日、久しくその声を聞きました。


 自分を指さすのは七つか八つほどの女の子で、後ろにいた親が続けて言います。

「もしかすると、あれは黒石の烏かもしれないね。ここ何年も見かけることは無かったのに、まだ生きていたんだなあ」

私の妻を殺しておいて、よくもそんなことが言えるな。黒石の烏はそう思うと、怒りと憎しみでひとつ大きく鳴きました。けれど地上でこちらを見上げているその二人を睨みつけた時、彼ははっとしたのです。その子どもの瞳が、自分と同じ、月食の赤色だったのです。


 黒石の烏にはわかりました。その子どもが妻の生まれ変わりだと。ただの赤い瞳ではありません。あれは確かに月食の赤色です。愛する妻は姿を変えて、再びこの世界で生きていたのです。けれども、なんという皮肉でしょう。妻は人間に殺されたというのに、生まれ変わりで人間になるなんて。なぜ再び黒石の烏となり、自分の妻になってくれなかったのでしょう。


 黒石の烏はそれを嘆きながら、けれども愛おしい妻の魂が目の前で生きている事が嬉しくて、気がつくと地面に降り立っていました。


 月食の瞳の子どもは、黒石の烏を見てその目を丸くしました。

「わあ。見て、お父さん。降りてきてくれたよ」

黒石の烏は、自分の事を覚えていないかと淡い期待を抱きましたが、その台詞を聞いた途端に、その子どもはその子どもの記憶しか持っていないことを悟りました。途端に胸が張り裂けそうになって、黒石の烏は耐えられずに飛び去ったのでした。

「いやあ、本当に綺麗だなあ」

背後からそう声がしました。


 その日から、黒石の烏は妻の生まれ変わりの子どもを遠くから眺めるようになりました。日に日に成長していくその子が、今度は幸せに過ごせますようにと願い、そして、また黒石の烏となって共に飛び立ち、共に舞い降りる日々が戻ってきますようにと願いました。


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