18.蝶々さんは冬が嫌い(蝶々さん視点)
蝶々さんによる、説明回。多少の誤解もあります。
ご機嫌いかが?
そろそろ蝶々には辛い季節よ。
王宮の中庭も花が絶えたわ。
冬って嫌ね。
でも、日々のお仕事は、季節なんてお構いなし。
この数日、王都を騒がせていた、メテウス一派は、昨日の教会の声明で大人しくなったわ。
元々、ほとんどが奇跡の噂に踊らされた、にわか信者だもの。
教会に睨まれたら、生活しにくくなっちゃう。それに、昨日今日現れた行者より、日頃お世話になってる司祭様の方が信頼できるわよね。
なんて、これは表向きの話。
きっかけさえあれば、小さな火種からでも、大きく燃え上がるものよ。
暮らしに密着しているだけに、不満の種はたくさんあるのだもの。
三十年くらい前、エルトー帝国では、教会批判から大規模な内乱が起きて、鎮圧に四年以上かかったわ。
我が国の教会も、権威に甘えてないで、清く正しく信者を導いてほしいものね。
今回声明一つで大人しくなったのは、メテウスたちの胡散臭さを、信者たちも感じていたから、かしら。
そういえば、メテウスが起こした最初の騒ぎを、イザベルが見たって言ってたわね。
イザベルというのは娼婦よ。
前に指名していた妓が引退する時に、推薦してもらった代わりの妓。
とにかく勘のいい妓なの。
本能で、自分が何を求められているのか察してしまうタイプね。逆に、意識しているかどうかは別として、相手のことも読み取っているはずだわ。
情報屋として育てられないか、見極め中よ。
それで、この妓が言うにはね。
「子供が夢中になってるところに割り込むなんて、神様に仕える人のすることじゃないわ」ですって。
んー、情報屋にするには、素直すぎるかしらね。
メテウス一行は、人形劇の芸人を押しのけて、見物人を囲んで喜捨を求めたんですって。
一緒にいたサラって、前に私が指名していた妓だけど、これが「絡まれる」って察して逃げたから、実際に喜捨を要求されたかどうかは分からないそうよ。
でも、普段そうやって動いているってことよね。
お金目当ての説法でないなら、見物を囲む必要なんかないんだから。
それでね。
どこまで公表できるか分からないけど、今回の黒幕はロドリゴ商会の方。
しばらく前に、塩の密売が発覚したのよ。その捜査の過程で、流通に関わっている業者にも調査が及んでね。
ロドリゴ商会もそうよ。
今回の密売とは、直接の関係はなかったみたいだけど、まあ、いろいろやらかしてたのよね。
その発覚を恐れて、財産隠しのために一芝居打った、と。
ところが、メテウスの方も変な欲を出して、芝居の台本を書き換えちゃった。
奇跡の復活は、善男善女から献金を巻き上げるのに、メテウスがねじこんだ筋書きみたいなの。
まあね、やっぱり変よね。
普通なら、社会の腐敗をとやかく言うなら、お金や権力を持ってる人を攻撃するもの。
王室、貴族、教会、大商人。
贅沢品を売る店の打ち壊しとか。
色街も、批判の対象ではあるでしょう。
でも、今回みたいに色街ばかり襲うのには、違和感があるわ。
まるで、無難なところだけ攻撃して、怖い相手のお目こぼしを期待してるみたいじゃない。
ともあれ、今回の教会の声明は、一通りの捜査が進むのを待って出されたわ。
『悪魔を裁くのは神のみ』。
誰でも知っている一言だけだったのは、効果をいろいろ計算したこともあったでしょうけど、諸派の意見のすり合わせを最小限にするためでもあるでしょうね。
メテウスはどう出るのかしら。
まあ、神を僭称する度胸が、彼にあるとは思えないわね。
*
この季節の中庭は、お茶には向かないわよ。
だからって、上司の家にお呼ばれしたい人なんかいるかしら?
色街での騒ぎから十日、王都から逃げたメテウスも確保済。
営業を控えていた料理店も、何も無かったみたいに営業してるわ。
そちらでは駄目だったのかしら?
人払いを徹底するには、お屋敷の方が間違いないだろうけど。
でも、窮屈なの。
芋虫だって、這うところは選びたいのよ。
そういうわけで、今。
私は、ソレス伯爵のお屋敷で、お酒をいただいてるわ。
いいえ、密談が済むまで、頭の働きを鈍らせるわけにはいかないから、今は、お酒を眺めているところね。
今夜の話題は、ネラン伯爵家とユザノ伯爵家の、炭鉱採掘権をめぐる裁判。
二つの家は元々親戚同士なんだけど、ネラン家はダリオン公爵の派閥に属し、ユザノ家は宰相マデル侯爵の派閥の一員なの。
そうして、ダリオン公爵家とマデル侯爵家は、先々代の国王陛下のせいで反目しあってるわ。
さらにややこしいことに、ダリオン公夫人のセシリア様と、マデル侯夫人のルシア様は姉妹同士。
仲が良いのか悪いのか、協調したり張り合ったり、私たちの予想もつかない動きをしてくれるの。
二人が巧く争いを収めてくれるか、それとも火に油を注ぐか、当事者もきっと戦々恐々だわ。
それから、タニス子爵家の相続争い。
前妻腹の長男が『病弱』を理由に廃嫡され、『療養』に専念し、後妻腹の次男が代わりに相続したのよ。
察してね。
ここでいう『病弱』は正気ではないということ、『療養』は幽閉よ。
前妻の実家側では、長男の『病弱』はでっち上げだと主張したわ。
対する後妻側は王都から医師を招聘して、公平な診察を主張。
おまけに、陛下の異母兄であらせられるハーノス侯爵が、前妻側の訴えから長男に同情して口を挿みだしたの。
揉め事がお好きなのよ、この方。
でも、収める力はお持ちじゃないの。
これには、前妻側も後妻側も、いい迷惑よ。
上位貴族の皆様に、訴えたいわ。
下位貴族は、皆様の玩具ではありませんの。
この他、少なからぬ貴族の子弟が、フルディス派の勉強会に熱心に通っている件については、特に進捗の無かったこと。
そうそう、例の声明については、フルディス派が一番積極的だったそうよ。
メテウスの主張は、潔癖なフルディス派の主張と一見似ているから、別物とはっきりさせたかったのでしょうね。
なんてことを報告。
それから、ガレー大公家が、別邸購入の届けを出していること。
ガレー大公家の名が出た途端、ソレス伯爵がお顔をしわしわにして、ため息をついたわ。
側妃として上がっておられる、伯爵の妹のマレーナ様のお子、アルベルト殿下が、ガレー大公家に養子に入るせいよ。
*
ガレー大公は、今、隣国ガドマールにご滞在中よ。
農産物の貿易交渉をなさっているわ。
あの方、父君を早く亡くされたせいもあって、年齢のわりに経験は積まれてるの。
エルトー帝国に留学されていた間も、凶作の対策に尽力されていたのよ。
帝国は北にあるから、その分、寒さに強い作物が多いでしょ。我が国にはまだ知られていないものもあったわ。そのうちの、何を移入するかを検討したり。
そもそもの、凶作のきっかけを知るために、雨の日数と収穫量の関係を調べたり。
立てた仮説を、帝国と我が国双方の専門家に諮ったり。
これを一学生の研究として、表舞台には立たないように行っていたの。
やけに詳しいって?
そりゃあ。
留学中の大公の警護をしていたのは、私の部下ですもの。
警護か監視か、ちょっとはっきりしなかったけど。
この留学については、大公が気の毒だったわね。
留学先は、我が国との間に火種をいくつも抱えているエルトー帝国。
大公の立場は、留学生というよりは、人質よ。
大公家は、建国以来、王家と最も密接な関係にある家。
百七十年前の王宮火災の時には、仮宮殿として、大公邸に王家の皆様をお迎えしたこともある。
王家の男子が絶えれば、真っ先に養子を差し出す家でもあるわ。逆に、大公家に男子が生まれなければ、陛下に近い王族男子を養子にお迎えするの。
先代の大公が、まさにそれだったわね。
他の貴族とは別格なの。
だからこそ人質としての価値もあったけど、本人は堪らなかったでしょうね。
そんな状況だから、せっかくの留学なのに、大公は羽根を伸ばすどころか、お勉強ばかり。
結果的に、両国の農政の専門家同士の交流が進んだわ。今では大公を間におかずに、やり取りができるくらいよ。
学者たちの感覚では、いまや敵国民ではなく、ライバルといったところかしら。
おかげで、一昨年の冷夏では、餓死者の報告が無かったわ。
こうなると見込んで送り出したなら、陛下の慧眼に驚くところだけど。
丁度良い方が他にいなかっただけらしいわね。
それはさておき、一昨年の冷夏を乗り切れた、もう一つの大きな要因が、王妃陛下の故国、ガドマールからの大規模な援助よ。
国家間の援助だもの、本当に無償なんてことはありえないわ。
その清算の意味もあっての、今回の貿易交渉よ。
確かに、大公が一番の適役よね。
現地でも技術交流をされているようよ。
陛下ったら、隠居後の大公を、どうなさるおつもりなのかしら。
*
「……殿下が、ふさぎ込んでおられる」
ソレス伯爵がお顔のしわを深くしたわ。この深さ、何か挿めちゃいそう。
「アルベルト殿下は、大公を慕っておられる。だから、養子縁組がご迷惑なのではないかと、気を揉んでおられるのだ」
そりゃあ、ご迷惑に決まってるわよ。
神童と呼ばれる殿下ですもの、その辺は察しておられるわよねえ。
あら?
このタイミングの別邸購入って、殿下と同じ屋敷に住むのも嫌って、意思表示かしら?
うちみたいな貧乏男爵家とは違うのだもの、あれだけ広いお屋敷なら、その気になれば全く顔を合わせずに暮らすこともできるでしょうに。
そもそも、そんなに大人げない方だったかしら。
慕われるくらいなら、殿下のことを可愛がっていそうなものだけど。
可愛さ余って憎さ百倍?
きゃあ、怖い。
「お心のことは、ご本人にしか分かりますまい」
とりあえず、無難に返事をしておきましょ。
伯爵は、しわしわのお顔のまま、グラスを乾して、長い溜息をつかれたわ。
「大公は、相変わらず民の暮らしを気にかけておいでだ。王家をお支えする、大公家のお立場を堅持しておいでのようだが……」
あら、伯爵らしくもない、甘い観方ね。
根拠を示していただきたいわ。
「ジュール子爵に、市場の定期的な視察を託されたそうだよ」
あら、私はまだ何も質問していないのに。
以心伝心ね。
「ほう。なるほど、子爵なら几帳面に調査をするでしょうなあ」
ジュール子爵は、侯爵家の三男で、ガレー大公と同じ二十五才。
私たちと同じ、陛下の秘書官の一人で、清濁併せのめないタイプよ。潔癖というか、素直というか。いつまで私たち海千山千に染まらずにいられるかしら。
おそらく彼のそういうところを、陛下は得難く思っておられるわね。
「それが」
伯爵のしわが解けたわ。
「例のメテウスの復活騒ぎの時に、ちょうど調査していたらしくて」
伯爵ったら、笑ってる。
「子供たちが人形劇に夢中のところに、強引に割り込んで来た。真に神に仕える者が、あのような態度をとるわけがないと。いや全く、教会の尊き方々に聞かせてやりたい」
「子爵らしいご意見ですな」
そう。
ジュール子爵が言いそうなことではあるわ。
でも、私、最近、他所でも同じ意見を聞いているのよ。
偶然、かしらねえ?
読んでくださってありがとうございます。
誤字報告等ありましたら、よろしくおねがいします。




