悪役令嬢は救われない
極力、会話文だけで進めるスタイル
ある日、気付くと私は裏設定まで知り尽くした乙女ゲーの登場人物になっていた。
私はゲームのメインキャラともいえる明るく優しい貴族の好青年、の友人キャラだった。
攻略対象にもならないモブだ。
事態をなんとか把握した私に対して、彼はある頼み事をしてきた。
私はその頼みに応じ、彼の傲慢な許嫁、金髪につり目をした、いわゆる悪役令嬢のもとを訪ねたのだった。
設定通り、金に糸目をつけない、贅を尽くした部屋でメイドが恭しくお茶を出す。
メイドが部屋から出ていくと、テーブルを挟んで座っていた彼女が口を開いた。
「お話というのは、許嫁を解消しろと私を説得に来たのでしょう」
「ええ、おっしゃる通りです。どうか許嫁解消を承諾してもらいたいと」
「そもそも許嫁は家同士で決めたこと。どこぞの田舎貴族の娘が気に入ったからなどと一方的に解消を申し出られて、承諾するはずがありません」
「はあ、そうですか」
「当たり前でしょう。あんな娘と一緒になるからと、それで私が袖にされるなど耐え難い恥ですわ」
「だから、交際の邪魔をして、彼女に恥をかかせるような仕打ちをしたと。公の場でひどく罵倒するような」
「ええ、私に楯突くとはどういうことか、知らしめてやっただけです」
「……少しも悪びれないのですね」
「なぜ私が? 身分を弁えない向こうにまず非があるのです」
「そうですか。彼女の件はそれとして、彼はですね、あなたと過ごす時間に疲れてしまった、もう付いていけないと言っているんです」
「疲れた?」
「昔は優しかった。だがいつからか、そう、社交界にデビューされた頃から態度が刺々しくなり、また普段から気位が高かったが目に見えて我が強くなったと」
「社交界に出るとは家名を背負って世間に出るということ。いつまでも子供のように緊張感のない振る舞いをしているわけには参りません」
「それはまあ、ごもっともなお話です。いやしかし、12歳ほどで社交界に出て、しかも細々した作法やマナーが完璧だったことは語り草です。お母様がそれは厳しくレッスンされたとか」
「先ほど申し上げた通り、家の名を背負うからには家名に泥は塗れません。母からは熱の入った指導を受けました」
「なるほど。頬を腫らした姿を見たという話も耳にしましたが」
「……淑女となる厳しいレッスンです。至らないことがあれば手が出ることも当然ありましょう」
「ええ、そういうものなのでしょう。ですが、お母様が手を出されたのは、厳しさからだけでしょうか?」
「? なにをおっしゃりたいの」
「いえ、この話は置いておきましょう。彼が言うにはあなたはその、だんだんわがままになったと。どんな用事にも彼を付き合わせ、彼が遠方にいても使いを出してまで呼びつけ、ときには大病で伏せているという嘘までついて屋敷に呼んだと」
「……そういうこともありましたわね」
「なぜです?」
「それは……」
「?」
「彼を、試したのです」
「試したとは?」
「夫として、どれだけ私を想えるかをです。それに互いに名のある家柄とはいえ、我が家のほうが序列でいえば格上。夫婦となっても主導権は私が持つことになる以上、それに従えるかどうかを彼に試したのですわ」
「これからのために試した、ですか。本当にそうでしょうか?」
「私がなにか偽っていると」
「あなたは本当はお寂しかったのではありませんか?」
「寂しい? これほどの屋敷を構え、使用人に囲まれ、誰からも傅かれる私が寂しいなどと思うはずが」
「あなたのお父様は」
「?」
「失礼を承知で言わせてもらいますが、あなたのお父様は何か気に入らないことがあるたびに暴力を振るったそうですね」
「なにを急に」
「毎日のように使用人に当たり散らし、その矛先は奥様、そしてときには娘であるあなたにも向けられたと」
「なにを言うのです、そのような」
「人の口には戸は立てられませんからね。どこからか私の耳にも入ったのです」
「………否定はしません」
「ここでレッスンの件に話を戻しますが、あなたのお母様は淑女の鑑だと世間で評判になるほどですが、ヒステリーな面もあったとお聞きします。日常的に夫の暴力にさらされていた彼女がなにかの拍子でヒステリックになってしまうのも決しておかしい話ではありません」
「……人の口に戸は立てられないとは、本当によく言ったものですわね」
「嫌な話ばかり耳に入ってしまって。歳の近い私が言うのもなんですが、当時は敏感な年頃でございましょう。華やかに見える裏でそのような生活を送っていれば、心に隙間ができて、寒々した気持ちを覚えることもあったのでは」
「私は」
「彼はその頃から、あなたの我が強くなった、わがままに振り回すようになったと言っていました。ここからはあくまで私の臆測ですが、あなたは彼に、自分を救って欲しかったのではないですか」
「わ、私は」
「不器用ながら、寂しい自分にもっと寄り添っていてほしい、もっとそばで自分を見ていてほしい、そうアピールしていたのではありませんか」
「でも、彼は」
「気付けなかった、遠ざけたいと思うようになってしまった。彼の理解が足りなかったのか、それともあなたが気持ちを暴走させてしまったのか」
「私は、私はただ」
「ただ、寄り添ってもらいたかった」
「……そう、ただ、ただ」
「なら、それを正直に伝えてみれば良かったのでは」
「できなかった、できなかったのよ。どうしても一言、口にできなかった。私はきっと生まれつきの意地っ張りなの、あの両親の娘なのだから」
「そうでしたか」
「気付いたときには、彼の隣にはいつからかあの子がいるようになった。どんなときも明るく笑って、素直で。私もあの子みたいに素直にできたら、思いの丈を真っ直ぐ伝えられていたらこんなことには」
「申し上げにくいことなのですが、許嫁の件はどう考えているのです?」
「もう解消を承諾せざるを得ないのでしょう。私がむきになってどんな無理難題を押し付けても、どれだけ罵詈雑言を吐こうと、あの2人はそれを越える度に深く結び付いていく。なんだか私が、あの2人が結ばれるために必要な、乗り越えるべき障害にでもなっているようで」
「障害、ですか。なにもご自分を、2人の敵のように思わなくても」
「だってそうでしょう、今の私は2人を妨害するだけのただの憎い敵。まるでお話に出てくる悪役のようね。私はきっと、悪役になるために生まれてきたのよ」
そう言ってうつむいた彼女の瞳から光るものが頬を伝った。
それは悪役にしては、清らかすぎる涙だった。
たとえ主人公に瞬殺される敵キャラにも
重ねてきた過去や人並みの人生がある、
とたまに思います。