セットアップ
「買ってしまった」
誰かに向かってでもなく、ただ少しだけ罪悪感に潰されるかのように、山田咲人は呟いた。
家電量販店の帰り道、大きな段ボールを持ち、坂道を歩く彼は頭を振って前を向く。
「いいや、これは自分の給料で買ったんだ。無駄遣いじゃない」
言い訳するようにも聞こえる、その呟きを眺めていた野良猫はあくびをする。
▽
一通り、パソコンにダウンロードをしておいたゲームを立ち上げると、俺は買ってきた段ボールの中身を広げ、USBをパソコンと接続する。
モニター画面に映る注意書きは表示を終え、接続の設定を開始した。
「よーし、後はVRとパソコンの接続が終わるのを待つだけ!」
狭い六畳間の空間に一人声を上げると立ち上がり、廊下の方にあるキッチンに立った。
冷蔵庫を開け、中身を一通り検めて、ラップを掛けてある皿を取り出す。炊飯器のスイッチを押して白飯を盛りつけると箸を持って椅子に腰かけた。
狭い廊下に置かれた椅子とキッチンをテーブルに食事を始めて手を合わせる。
「いただきます」
まずは皿に置かれた唐揚げを食べると、冷えた肉の感触が口に広がる。お世辞にも美味しいとは言えないが、それでも今日の朝、お弁当用の唐揚げとして作ったそれは冷えても不味くはない。
続いて、付け合わせの野菜炒めに箸を持っていくと冷蔵庫の中から取り出したキムチを掛ける。
キャベツのシャキシャキを味わうと、そのまま白米の方に手を付けた。
ふと、思い返してしまう。
「独り暮らしは寂しいな・・・」
誰とも話すことなく、ただ淡々と冷えたご飯を食べるその過程は、途轍もなく寂しかった。
いや、だからこそあのゲームとVR機器を買ったのだ。
独り暮らしの寂しさを紛らわせるため。そして休息を得るため。
ご飯を食べ終えると6畳間の襖を閉じて、パソコンのモニターに目を向けた。
{VR猫カフェにログインしますか?}
{▽はい}←
「▽いいえ}
マウスをクリックしてログイン画面から移ると、個人情報、ログイン情報を入力するよう表示される。
ゆっくりと間違えることなく、昼間の間に店舗で作成したアバター情報を入力すると、画面には自分とうり二つの姿をした3Dモデルが表示されている。
VR猫カフェはクラッキング防止のため、リアルでの認証を行ってからでなければログインできないシステムになっている。
また、他者との交流時にトラブルにならないように3Dアバターを実店舗で作らなければいけないため、他のVRゲームと比べて敷居が高いことに、その安全性がある。
一通り操作を終えると、パソコンから表示が消え、待機画面に変わった。
VR機器のスイッチを入れると、手袋を大きく機械にしたようなハンドコントローラーとヘッドギア、そして全身用のトラッカー(動作を認識する機械)を身に着ける。
ヘッドギアの画面にはログインに向けた感覚の補正と、感覚ログインのための安全チェックが続く。
感覚ログインとは、このVRヘッドギアの売りの一つである「ディープVR機能」の最もたるものであり、頭をヘッドギアの脳波発生器と近づけることで、疑似的な感触を手と足に味わせるというものである。
わざわざ高い機器を買ってまでこの感覚ログインを導入したのはVRでも猫のモフモフを感じるため。
咲人は隠してはいるが、極度の動物好きであり、実家では外飼いの犬5匹、家猫2匹を飼っていたぐらいである。高校生の時、同級生に猫好きを揶揄われて以来、表に出すことはないが、それでも自身の思いには嘘を付けずに、独り暮らしを始めて、その寂しさを最新機器で埋めることにしたのだ。
{感覚ログインをすると、現実世界での反応が鈍くなることがあります}
{よろしいですか?}
{▽はい}
ハンドコントローラーで空中に浮かぶ了承のキーをクリックすると、無機質な画面が移り変わり、木目状の四角い空間に変わった。
{ようこそ、VR猫カフェ「@cat」へ!}
{山田咲人 様を歓迎いたします}
{チュートリアル画面に切り替わります}
その表示を見ると大きく息を吐いた。長かった設定もこれでひと段落したのだ。
チュートリアルを終えたら、今日はもう終わろうと考えた咲人はチュートリアルを開始した。