獅子堂 芽亜~その1~
父親から十三家の娘を全員嫁に迎えろと命令された息子・秋斗。
彼はまず無術に秀でた才覚の人材を輩出することで有名な獅子堂家へと足を運ぶ。
思い返すこと一年前。俺こと九十九折坂秋斗の苦労はこの日から始まった。―――まぁ、これでも大富豪の息子なんてけったいものに生まれたからには、これまでの人生それなりに・・・いや、人並み以上に苦労を強いられてはきたのだが。我が九十九折坂一族というのは、その、自分で言うのもなんだが、そんじょそこらの金持ち一家とは勝手が違う。その「金持ち」という枠組みのスケールの違いはもちろんのことだが、あろうことか我が一族はこの科学が発達した現代において「魔術」を古来より継承する一族なのだ。基本的な英才教育はもちろんのこと、魔術の扱い方なんぞという現代人にあるまじきゆとり教育もびっくりの情操教育を受けてきた。だが、断っておこう。そんなどこのアニメの主人公だと思われるかもしれないが、そんな輩は大抵が「すごく才能がある」とか「すごい魔法が使える」とか「最弱だと思ったら最強だった」とかそんな連中ばっかりだろう。しかして実際、蓋を開けてみればなんてことはない現在の俺が使役することができるのは、ほんの「限られた魔術が使える」だけ。それもこんな科学の発達した時代では魔術が幅を広げること全くと言っていいほどなく、言うなれば古くから伝わる伝統を現代まで引き継いでいる程度にしか価値がない。昔は―――まぁ、いろいろ出来たこともあったが、今となってはこの様だ。伝説の戦士某には遠く及ばない。そんな大したこともできない魔術師がいるというだけで、あとはまぁ平凡以上の超絶金持ちということぐらいか。これまでの人生は平凡とは言い難かったが、暮らしそのものには不自由することはなかった――の、だが。
「しかし、いきなり嫁を取れとは・・・」
俺の父・九十九折坂天童は世界を股にかけた大富豪、九十九折坂財閥の現当主。いまだ一線を退く様子を見せない現役バリバリの事業家兼役員だが、そんな親父の懸念。それは溝ができた一族同士の関係性の穴埋めだった。うちを含めて通称“[[rb:抗魔十三家 > こうまじゅうさんけ]]”と呼ばれる特異な技術に特化した血族たちは、社会的地位と栄誉を手に入れるべく所有する力に凌ぎを削った。しかし切磋琢磨も極まって確執を生んでしまったらしく、今となっては碌に交流もしなくなってしまった。手と手を取り合い共に悪魔と戦ったなどという伝承も残ってはいるが、そんなカビの生えた大昔のことは全員から忘れ去られ、関係は悪化の一途を辿っている。そんな目に余る身内の状態を憂いた父が関係性の修復を図るべく「向こうの娘と全員結婚しろ」などというぶっ飛んだ任を遣わされたのがこの俺というわけだ。
「若、そろそろ到着します」
「ああ」
革張りのシートに腰を預けること数時間。秋斗は運転手の男と共に都内から数十キロは離れた山の麓麓にある町を訪れていた。栄えているという程ではないが、寂れているといわけでもない、ごくありふれた街並みだ。自然に囲まれてはいるものの、観光スポットにはなりそうもない景色を車内から一瞥していると、男の言葉と共に高級車はゆっくりと停止する。
「ここでは停車できそうもないか・・・では、どこか適当な場所に車を回しておきますので終わったら連絡を」
「わかった。すまんな、誠一郎」
車から降ると、高級車はどこか車を停めれる場所を探して走り去ってゆく。残された俺はというと、目的地であるある場所の「正門口」を目指し歩を進めた。
「獅子堂流道場総本山・・・ここだな」
都心から離れた場所に悠々と建つ年季の逝った木造の武術道場。獅子堂家といえば武道に長けた「[[rb:獅子堂流武闘術 > ふししどうりゅうぶとうじゅつ]]」の総本家だ。今日日、道場など雑居ビルのテナントにでも入っていそうなものだが、この道場は古き良き日本家屋の屋敷をそのまま道場として使用しているらしい。敷地もなかなかに広く、決して華やかではないにしても厳格な雰囲気が建物全体からひしひしと伝わってくる。なぜ俺がこんな場所にいるかというと、別になにも体を鍛えるためでもなければ道場破りに来たわけでもない。まぁ、ある意味で言えば道場破りみたいなものかもしれないが。
「邪魔をする」
開けっ広げになっている正門玄関を潜り抜ける。中は武家屋敷さながらで、離れからは活気のある男たちの声が聞こえてくる。おそらくあそこが道場だろう。本来は家主の住まう家屋に足を向けるべきなのだろうが、物珍しさからか俺は自然と道場の方へと歩み始めていた。
「腕立て1000回!始めぇ!!」
「押忍!!」
「受け身1000回!始めぇ!!」
「押忍!!」
「無制限組手!始めぇ!!」
「押忍!!」
歴史を感じさせる道場は見かけよりも広く、中には白と黒に色分けされた胴着を着た100名ほどの男女が気合十分とばかりに修練に励んでいた。習い事と呼ぶには些か激しさを感じさせる熱気と圧力に若干圧倒されながら、俺は入り口から顔を覗かせる。
「見事にむさくるしいな」
少数ではあるが女性もいる。とはいえ、みな総じてがたいが良くいかにも「武術たしなんでます」と言った風だ。獅子堂流武闘術と言えば、その手の界隈では知らぬ者がいないほどの「対人戦闘特化武術」だ。空手、柔道、合気道、カンフーにテコンドー、ジークンドー、キックボクシングなど様々な格闘技を織り交ぜた独特の戦闘技術は、あまりの雑食性からかプロの格闘家からは逆に嫌煙されるほどと聞く。戦闘技能に精通している者は御十三家でもさして珍しくもないが、獅子堂は「格闘術」にのみ磨きをかけ技術と歴史を紡いできた。この道場を受け継いできた歴代の当主たちや、ここへ通う門下生たちもその歴史に恥じることのない努力を重ねてきたのだろう。―――と。
「なんじゃあ貴様!うちの道場になんか用かいのぉ!?」
「ん?」
出入り口から中の様子を伺っていた俺の姿が目に入ったらしい。いかにも豪傑そうな巨漢がこちらに声をかけてきた。
「(これはまたベタな武闘家に絡まれたもんだ・・・)失礼、ここの師範代に用があるんだが」
「師範代じゃとぉ!?師範代はここにゃおらん!」
「それは不在という意味か?この時間はいると聞いたんだが・・・」
「一体、師範代に何の用やっちゅうんじゃ!?」
「無関係な人間に話すようなことじゃない。悪いが待たせてもらっても・・・」
「待てぃ!!おどれまさか道場破りゆうんやなかろうのぉ!?」
「まぁ、ある意味で言えばそんなところだが。とにかく話をした―――」
「道場破りかぁ!!おうおう!!ええ度胸しちょるのぉ!!がはははは!!」
どうやらこの毛むくじゃらの大男は人の話を聞かないらしい。俺を時代錯誤な道場破りか何かだと勘違いしている大男は、喧嘩上等とでも言わんばかりに息を巻いた。これだから体育会系は苦手なのだ。
「いや、断じて違う。そんな時代錯誤なことをするわけがな―――」
「おお!道場破りか!おい!みんな!道場破りが来たぞ!」
「道場破り!?うちにか!?ははは!いい度胸じゃないか!」
「おいみんな!モモさんが道場破りと戦うぞ!」
「道場破りなんていつぶりだ!これは見ものだぞ!」
まずい。なんか知らんが勝手に盛り上がり始めている。先に断っておくが俺は弱い。ほんとに弱い。九十九折坂家の人間として多少の格闘術は習った経験はあるものの、正直言ってそっち方面はからっきしだ。戦闘のプロになんて敵うわけがない。
「いい加減にしてくれ。俺は客だ。道場破りなどではない」
「なんじゃあ!逃げんのか腰抜けぇ!!」
「あ?」
イラッ―――
「男ともあろうっちゅうもんが!そんなもやしみてぇな身体で情けねぇ!見ろ!この俺の鍛え抜かれた肉体!獅子堂流の次期後継者と謳われたこともある研ぎ澄まされた肉体をぉ!!」
いや、落ち着け。この程度の煽り文句に乗ってどうする。謂れのない誹謗中傷など今までの人生いくらだって受けてきたではないか。九十九折坂たるものいつでも平常心を崩してはならないのだ。
「この道場に単身乗り込んで来るとは命知らずもいいところよ!その度胸だけは認めてやろう!」
「平常心平常心・・・」
「だがおどれのような男に負ける通りは微塵もなし!大人しく引き返せば痛い目は見ずに済むぞ!?」
「この程度、冷静に対処する。俺は九十九折坂の人間だ・・・」
「まぁこんなもやし!師範代が相手にするまでもねぇ!この軟弱男子め!!」
「戯言など受け流して・・・」
「ほんとにチ●チン付いとるんか!がはははは!!」
「お゛ぉん!?」
もう許さん!堪忍袋の緒が切れた!誰に向かって租チンだなんだと言ってくれているんだこのブ男は!
「そこに直れ。誰に物を言っているのか後悔させてやろうデカブツ」
「おぉ!?がはは!男児たるものそれでなくてはなぁ!なかなかの覇気じゃ!」
「その不作法極まりない態度を改めてやる。かかってこい」
「ほほぉ!いっぱしの口を利いてくるだけの胆力はあるみてぇじゃのぉ!!」
目にもの見せてくれよう。獅子堂程ではないが俺だって護身術くらいは嗜んでいる。いくら武道に精通してはいないといっても敵の攻撃を予測し、効果的に反撃する方法など思考するに容易いというのだ。魔術を使うまでもない。初撃を躱し足で捌いて組み伏せる。―――ははは、脳内ですでに俺は勝っているぞこの三下め。俺は上着のジャケットをその場に脱ぎ捨て勝利を確信する。
「おお!相手のボウズもやる気だ!」
「モモさん!うちの看板背負ってんだ負けんじゃないぞ!」
「馬鹿!モモさんが負けるかよ!この道場の二番手だぞ!」
初手は何だ?パンチ、キック、それともタックルか?はん、猪め。図体を活かしただけの攻撃など恐るるに足らんわ。どうしようとも俺が見事に―――え、二番手?
「ぶぉらぁあっ!!!」
ドゴンッ!!!―――空気を震わせる程の男の鉄拳が館内の隅に置かれていたサンドバッグを吹き飛ばす。強度に耐え切れなくなったサンドバッグを固定していた鎖がジャラジャラと天を舞いながら床に降り注いでいく。
「ふぅぅ!安心せい!殺しゃあせんわい―――たぶんな!」
・・・計画変更だ。なんだあれは。あんな拳をまともに食らったら俺は死ぬ。というか躱せたとしても二撃、三撃目のリスクを考えると危険すぎる。俺は全力で魔術を使うことにした。
「相手に参ったと言わせるか気絶させたもんの勝ちじゃ!ええのぉ!?」
まずい、今更ながらのまずい。なんとかこの状況を打開できないものか俺は思考を巡らせるが、この期に及んで「ちょっとお腹が・・・」なんて言い訳は通用せんだろう。なによりそんなことは俺のプライドが許さない。
「それでは両者、宜しいか」
審判役の男が間に入り合図を送る。そうこうしているうちに勝負の時間が来てしまったようだ。こうなっては仕方がない。相手は戦闘武術に特化した達人だ。出し惜しみしていては本当に大怪我では済まされない。俺は意識を集中させ、覚悟を決める。そして―――
「それでは―――はじめっ!!」
To be continued...