Complex2-1 プロローグ
後部座席が向かい合っているタイプの高級車なんてものは、初めて乗ったんやけど……あれやな。今度からは絶対後ろ向く方には、乗らんようにしよう。酔うわ、こんなん。気持ち悪い。
最も……これは吐きそうな理由としては二番目で、一番はボクの前に座っとる奴が原因なんやけど。
鬱陶しい程伸ばした前髪が完全に目を隠しとるせいで、全く表情の読めない生っ白い顔の下半分。座席に、とぐろを巻く長い黒髪。6月も半ばだと言うのに、漆黒の冬用セーラー服に至っては、スカーフから襟のラインも含めて黒。さらに黒いストッキングに黒い皮靴。夕日の加減のせいもあってか、ボク自身が生み出す影に紛れ込むような、薄っぺらい存在感のなさも相まって、一際不吉で不穏な雰囲気を醸し出している。
そんな全身、真っ黒黒介なモンが、同じ空間に存在している。その事こそが、現在のボクのストレスの源なのである。
因みに、彼女の中で黒白以外で存在する色は、その手にした装丁だけは立派な、赤く薄い本だけや。
「何でお前がおんねん」
嫌いなら無視しておけばええ、と分かっているんやけど、そうするには今回は少々事情が混み入っとる。
そもそも、ボクはかつて、この女のせいで友達を喪っとる。いや、この言い方は正確やないし、自己欺瞞に満ち取るな。そう、あれはコイツだけが悪い訳やない。こんな奴を頼らせてしまった、ボクにも責任があるし、ボクに相談してくれなかったアイツも悪いんや。
けど、それを除いたとしても、ボクと『コイツ』は、ある場所で、複数回に渡って殺し合いをした経験のある魔術師同士なんや。だから、ボクの言葉は、決して理不尽ではない、正当なモノやと思う。
そんなボクの苛つきに拍車をかけるように、真っ黒黒介はゆっくりと小首を傾げる。そしてそのまま数秒の後、再び首の位置を戻して、ぼそぼそと喋る。
「呼ばれた……私……その人の、弟……襲われ、たの……助けた、から……先週」
イラつくなぁ、ホンマ。コイツ、なんでこんな解り難い喋り方すんねん。
「あぁ、オリエンテーション中に襲われた春馬君を助けたのって、やっぱり刹那ちゃんだったんだ。どよ~んって髪の長い、ミステリアスな真っ黒黒娘ちゃんって言うから、そんな気はしていたんだけど」
会話に割り込んできた人物に、ボクは思わず眉を寄せて睨む。
「あの、単さん? ボク、その話、初耳なんやけど?」
「うん。だって聞かれなかったし。そもそも、ワタシは直太君から又聞きしたのを忍ちゃんに確認しただけだよ?」
斜め向かいから、あっけらかんと悪気もなさげに答えるセーラー服のお姉さん。こちらはお臍くらいまである黒髪の持ち主なのだが、その隣にいる物体と違って非常に艶やかである。
この人の名前は織部単さん。
ボクの一つ上の先輩。しっかりとした弓型の眉に二重の瞼、切れ長で黒目がちの瞳。すっきりした鼻梁に桜色で形のよい唇。
一見すると綺麗系のくせに、頬のラインだけは僅かに丸みを残しており、角度にとっては可愛い感じに見える、という超美人さん。おまけにプロポーションは、メリハリが良く効いたモデル体型。時折、こういうとぼけた反応をしさえしなければ、マジリスペクトするんやけど。
しっかし。あ~くそ。むっかつくわぁ。このお人を見るたんびに思うんやけど、何でボクはゴワゴワの剛毛で眉毛が濃くて目つき悪いし、体型は細い薄いぺったん娘なんやろ。
「どうしたの直太くん? 急に遠い目しちゃって」
「や。なんかこう……世の不条理に……いや、そうやなくて。なんでそんな重要な情報を、共有しようとしないねん」
思ったところで意味のない言葉を吐き出すんは、ボク等みたいな生き物には御法度やからな。愚痴を垂れ流しそうになって、それを思い出して無理矢理言葉を切る。
その代りと言っては何だが、口を尖らせて文句を言うと、今度は真横に座っていた顎のラインで髪を切り揃えた少女が身を乗り出して割り込んでくる。
「お姉さまは悪くありません。直さんに事情を話さなかった、私が悪いんです。責めるなら、私を責めてください!」
この一見すると、日本人形みたいな少女は桜井忍。発言から分かる通り、単さんに心酔する良家のお嬢様。ボクのクラスメイトで、今回のボクと単さんの依頼人でもある。
「あ~も~。耳元で怒鳴らんといて! やかましくてかなわんがな!」
忍の頭を押さえて引きはがして、逆に質問する。
「とりあえず、ボクの知っとる話しには抜けがあるみたいやな。忍の家に着くまでに事情を説明してもらおうか?」
単さんと真っ黒黒介、忍を睨みつけながらボクが宣言すると、車内に緊迫した雰囲気が流れる。
そう。これから語られるのは友人との語らいではない。
ボクの大嫌いな家業にまつわる、ビジネスのお話しや。
この世界においてありえざる異世界の法則を顕現する異端にして、無法者達の独りよがりな独壇場のお話。
ああ、そういやこんなくだらない話を長々しとるのに、自己紹介がまだやったな。
ボクの名前は御影直。
世界に冠たる『傀儡師』の一族の正当なる後継者にして、『影繰り』の二つ名で知られる魔術師。
そして、人を殺してしまったくせにのうのうと生き続けている、最低のくそったれや。