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Wizard Complex  作者: 久遠
第一章 549さん
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Complex3 549さん2

 織部(おりべ)(ひとえ)について語れと言われて真っ先に思い浮かぶのは、いい意味でも悪い意味でも『正義の味方』っぽい人物だと言う事だろう。その癖、単は決して馬鹿でもなければ間抜けでもない。寧ろ、その正反対である。

 たなびく長い黒髪は絹の如く艶やかで、身長は高くもなく低くも無い。長い睫毛に縁取られた二重の切れ長の瞳に、絶妙な高さの鼻梁。弓形の細い眉。やや小さめの唇。頬の辺りに残った丸みが完成された女性らしさを打ち消して、笑うと可愛いと称される容貌を構成している。これだけならまだしも、体型に至っては完璧なバランスを誇る。特にあの胸の形のよさは絶品だった、と直は思う。他にも背丈に見合わぬ腰の細さとか、しなやかなお尻のラインとソレに続く太腿のバランスとか、食べても太らないとか、色々と反則級な生物なのである。

 勉学は常に学年一位を独占し、全国模試においても二桁をキープする頭脳を誇り、運動部にこそ所属していないがその身体が生み出す戦績はスポーツ特待生たちにも遜色しない。誰にでも優しく、常に前向きで周りに笑顔を振りまき、それでいて決める時には決める、凛とした完璧超人。

 つまり、容姿端麗・文武両道で性格は言わずもがな、というこのお嬢様学園な世界の憧れの的。

 故に、彼女が興味を持った話題には数多くの学生たちが反応して、多くの情報をもたらしてくれる。

「それは、ええ。大変結構なお話や。多少なりとは言え、恩恵を被っているのも事実や。ただ、問題なんは、ボクが単さんの『猫』ちゃんだと思われて、変な噂をボクのところにまで持ち込まれる事や」

 夜闇に沈む学園の裏門の前で苦々しく言葉を吐き捨てて、アスファルトを蹴りつけたのは、御影(みかげ)(なお)その人である。

 そもそも彼女は面倒な厄介事から逃れるために東京にやって来たのであって、進んで事件やくだらない噂の解消などに勤しむつもりは欠片もなかった。

 単かて、それは承知のはずだ。彼女だって、御影の一族の内情は知っている。

 単と直を結び付けた、あの夏の事件。そこに至る二人の人生にまつわる『魔術師』の系図がもたらした悲劇。

 『魔術師』であることに嫌悪しか持たない自分が、十年も前に死んだ兄の代わりでしかないことは判りきっている。

 それなのに、一族の人間は『天才』の後釜の『秀才』ごときに何を期待しているのだろう。直は、能力こそ高いものの『魔術』を嫌う出来損ないだ。なのに、それを知っていてなお、一族の者たちは直を「一流の魔術師たれ。それだけの力があるはずだ」と言う。何かにつけて死んだ兄と比較するくせに、その劣った才能ですら次代の当主となるのに遜色ない、と言っているのだ。事実、直以上に才能に恵まれた魔術師は、今の御影には存在していないのだ。

 だからこそ、一族のそんな評価とは裏腹に、御影直は自分自身があまり好きではなかった。劣等感の塊であると言ってもいい。

 そんな思いもあって、いらいらと目の前の壁を蹴りつけながら、直は普段溜まった鬱憤を晴らすように単への愚痴を垂れ流す。単本人はともかく、取り巻きどもに聞かれようものなら、明日の朝日は拝めなさそうな罵詈雑言。それが限度を越えて大きくなり始めた頃、呆れるぐらい長く続く学園の塀の角から軽やかなエンジン音が響く。

 直がその音に慌てて振り向くと、一台の銀色のスクーターが夜闇をライトで剥ぎ取りながら近づいて来る。

 そのライトの向こうに合図を送ると、スクーターは滑らかに速度を落す。

「ありゃ。直太君の方が早かったか」

 人の気配すらしない通りを、律義に法定速度で走ってきた単が、直の側で停車して意外な顔をするが、実はそれほど意外なことでもない。

 直の住む学園の寄宿舎は、ここから歩いて十分ほどの場所にあるのだから、本来、バス通学の単と比べれば、その距離は遥かに近い。その上、外出許可を取る必要のあるのだから、到着が早いのも当たり前だった。

「だから、ボクの名前は直や。直太ちゃうで」

 と文句をつけるのだが、単はけっしてこれを直そうとしない。クセになっちゃったんだもん、と返すだけである。半ば諦めているのだが、言う分にはタダなので、お約束として口にしている。

「待たせてゴメン。じゃ、早速入ろうか」

 スクーターから降りてヘルメットを外し、長い黒髪を露出させると、単はポケットから取り出したカードキーを通用門脇のスロットに通す。

 電子音の後、ガチャンと硬い音を立てて開き始める裏門を見て、直は目を瞬かせる。

「あの、単さん。そのカードキーは何処から入手されたもんなんでしょう」

 恐る恐る尋ねる直に、単は事も無げに、

「ほら、わたし信用されてるから」

 と笑って答える。信頼されているのは事実だが、少なくとも深夜に学校へ侵入するような事態は想定していないはずだ。この、一種強引な理論のすり替えは単の強みでもある。裏を返せば、思い込みが激しいだけの危険人物なだけなのだが。

「まあ、それはそれとして……この学校で噂になってる『549さん』が、ただの制服泥棒の隠れ蓑ってホンマなんですか?」

 『549さん』の話をした後に単が言った台詞を反芻しつつ、直は再度確認するために問いかける。

「うん。『549さん』の噂が流行りだした頃から、ウチの学生の制服がネットオークションで出回り始めてね。色々と手を尽くして、ようやく購入者と会って制服の出所を聞いてみたら、どうも学校の関係者らしいってことだったの」

 この話は初耳だったので、直は右の眉を跳ね上げて単の顔を睨みつける。

「そんなん、警察に任しとけばいいやん」

 犯人がわかっているのなら、わざわざ出向いてくる必要などない。それこそ、匿名で通報して終わりである。少なくとも、直ならそうする。

「うん。泥棒さんだけならね」

 直の言いたい事を悟っただろう。そう言って思わせぶりに笑う単に、直は直感的に怪しいものを嗅ぎ取って、更に表情を歪ませる。

「この学校で広まっている都市伝説『549さん』は、既に他の場所で本当に起こっている現象なの。これまでの噂の伝達経路と発生時間から鑑みるに、今夜にもこの学園で『549さん』は発生するわ」

 人差し指を立てて断言する単に、直は引き返せないことを思い知らされ、校舎の入り口に寄りかかって溜め息を吐く。

 単は嘘を吐かない。例え、それで自分が不利な立場になったとしても、偽りだけは口にしない。今夜、『549さん』が発生すると断言した以上、それは真実なのだ。

「全く、それならもっと早くに言ってくれれば、ボクもちゃんと準備してから来たのに」

 もっとも、『549さん』を馬鹿にして、ロクに話を聞こうとしなかったのは直自身である。いくら単でも、有利不利の計算ぐらいできる。話さずにいれば有利に進められるのであれば、馬鹿正直に口にはしない。だが、その逆に単の話す言葉を気をつけて聞いていれば、内容を問いただす事ぐらいの情報は含まれていたはずなのだ。それを聞き逃したのは、一方的に直が悪い。

 つまり、これは自分の失点で、単を責めるのはお門違いと言う事だ。直にもソレぐらいの分別はある。

「ま、しゃあないわ。『影繰(かげく)り』御影直。魔術師としてこの依頼、請けたりましょ」

 きっぱりと言い切ると、直はその言葉通りに思考を切り替える。乗り気でないとか、やる気が湧かないとかはさておき、魔術師としてやるべき事はしなくてはならない。

 まず、真っ先にすべきは手持ちの戦力についての確認であろう。

「一応、念のために言っておきますけど、今日のボクの手持ちの人形は三体で、『(つう)』と『影人(えいと)』、それから『鳴陰(ないん)』や」

 世界有数の傀儡師『御影』が一族の誇る、九体の人形の内の三つを指折り数えながら言うと、単は首を傾げて問う。

「ずっと不思議に思ってたんだけど、『痛』は蜂型のゴーレムだから、夜でも平気なのは判るけど、『鳴陰』って鷹のゴーレムだよね。夜でも目が見えるんだ?」

 そんな単の質問に、直は肩を竦めて答える。

「今更やな。単さんが気付いてなかっただけで、ずっと使っとったで。大体、ゴーレムなんやからホンマモンの動物の弱点を真似する必要ないやろ。それに、見えるとか見えないの話したら、ホンマに暗いトコなんぞ、見えなくなってまうやないですか」

 直の言葉に、そりゃそうだね、なんて答えつつ、単はさも納得したように頷く。

「で、いつもの如く、『影人』はここにおる」

 直が非常灯の灯りに仄かに浮かぶ自らの影を靴で叩いてみせると、その影が微かに波打つように揺れる。半自立型自動人形『影人』。御影の魔術師たちの守護者たる、影に潜む護衛人形である。

「そっかぁ。せめて、狙い撃ちできる『透利射(すりい)』があれば楽チンだったのに」

 単は口を尖らせると、腕を組んで考えるような仕草をする。こうなれば細かい事を考えるのは彼女の役割で、直は組み上げられたプランに従うだけでいい。

「そう言えば、この間も『影人』と『鳴陰』だけしか連れて来なかったよね。計算主義者の直太君らしくないよね」

 単はふと気付いたように直に向き直ると、そんな疑問を口にする。

「しゃあないやん。ちょっとそこまで、って言って出てきとるんやもん。でかい旅行トランクを二つも三つも持ってこれへんよ」

 寄宿舎住まいの直は、外出するにも許可がいる。忘れ物を取りにいく(・・・・・・・・・)だけなのに、大型のトランクなど持ち出せるわけが無い。必然的に、影に潜れる『影人』や空を飛べる人形たちが戦力の中心になってしまうのは仕方の無いことだろう。

 直の説明を聞いて単は感心したように頷くと、再び思考の海に戻ったのかそれきり口を閉ざす。

 黙々と歩きながら一階突き当たりの階段を昇り、二階へ向かう。ぐるっと視界を巡らせるが、妖しい人影どころか、生き物の気配すらない。

 ここは外れだな、と直が思った時、校内に放っていた『痛』の探査範囲に引っ掛るものがあった。

 脚を止めると自動索敵モードから思考操作モードに切り替えて、ゴーレムの眼と直の視界が同調する。軽い眩暈のような感覚――高層ビルのエレベータが減速する時の感覚とでも言えば、多少は判りやすいかもしれない――の後で直自身の視覚と、ゴーレムの視覚が二重写しのように脳裏に浮かび上がる。

 黒い服を着た誰かが、ロッカーを漁っている。計測された魔力の放出密度は一般人並。

 つまりこの不審人物は、『549さん』を騙る制服泥棒の方らしい。

「単さん。パチモンがおったで。どないする」

 二つの世界を同時に認識したまま、直は単に意見を求める。

「ドロボウさんには、さっさと退場してもらいましょ。本物が出てきたら真っ先に餌食にされるでしょうし……」

 さらっと明日の天気でも語るように答える少女に、傀儡師は何かを躊躇うように口篭る。それを見た単は眼を瞬かせて続きを促す。

「ああ、その。落ち着いて聞いておくんなまし」

「何? その言葉使い」

 明らかに日本語を逸した言葉使いに単が突っ込みながら聞き返す。

「いや、そのぅ……どうも漁られてるの、単さんのロッカーみたいなんやけど?」

 直は、重々しく、恐ろしい事実を口にしたのだった。


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