Wizard Complex3-2 二律背反~プロローグ
東京から小一時間。小さな地方都市にしては発展した街並みを見て、ボクの胸を満たすのは懐かしさと、苦さやった。
宮代市、という名のこの場所を舞台に4カ月ほど前、魔術師たちはその技を競いあった。
いや、競うなんて言うのは対外的に綺麗に見せるための言葉遊びでしかない。
そもそも『競技』などと言う、まともそうな言葉の響きに騙されてはあかん。そこは魔術師たちが殺し合う、人殺しの庭のことを指していたんやから。
とは言え、それは終わった話。過去の物語や。これから会う人が、その事件で協力関係にあった人なんで、つい、あの頃のことを思い出してしもうただけやから、気にせんといてくれると、嬉しい。
そんな余計な事を考えながら駅の改札を出ると、直ぐ傍の柱に寄りかかっていた少年がこちらに気づき近寄ってくる。
「悪かったな。こんな平日に呼びつけたりして」
落ち着いた感じの声質が軽く詫びを入れてくる。180㎝近い長身のせいで細っこく見えるが、意外と引き締まった筋肉の持ち主だったりする。その上、細面で、割と整った、しかし少々目付きが鋭い顔立ちをしている。強面、と言うのでなく、クールと表現すべきなのかもしれん。
そのうえ料理もできて、気配りもできる。きっと学校ではモテモテなんやろなぁ。
そんなできる男の名前は当真心哉という、この地に根を下ろす魔術師の一族の当主やったりする。
「ほんまやで。何が悲しゅうて単さんと二人で小一時間も向かい合ってなきゃいかんねん」
ボクの呟きに、直ぐ真横にいた清楚可憐を絵に描いたような美少女が、腰まである黒髪を揺らして声を上げる。これが、今名前を出した件の人物、織部単さんや。
「え? 何? 直太君、ずっと寝てたから声掛けなかったけど、話しかけて欲しかったの?」
細い弓型の眉毛がきゅっと寄せられて、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳が潤む。こうゆう顔をされると、思わずそんなことはあらへんよ、とか普通の人は言うんやろうな。
実際、単さんの信者(いるのだ、このお人にはそう呼んで差し支えない連中が)なら一も二もなく慰めにかかるだろうし。
「んな訳あるかい。言っとくけど、今ボク機嫌悪いで」
そう。朝っぱらから、某真っ黒黒介に鉢合わせた挙句、学校を休まされたんやから、自ずと機嫌も悪くなろうというもんや。
「それついては、本当に悪いな。こっちの事情でなるべく今日の内に済ませておきたいことがあったものだから、無理を言った」
心哉さんが頭を下げようとするんを手で制して、首を振る。
「別に心哉さんが悪いんと違うで。そもそも……」
「……八つ当たり、カッコ悪い」
ボクの言葉を遮って間近で投げかけられた言葉に驚きながら振り返ると、そこには襟のラインすら黒で纏められたセーラー服に黒ストッキングと、真っ黒ずくしの人影が突っ立っていた。
「真っ黒黒介! アンタ、なんでここにおんねん!」
東京で別れた陰気女に思わずけんか腰で突っかかる。すると影よりも薄っぺらな存在感しかない生き物がどんよりと長い黒髪を僅かに揺らして、鬱陶しい前髪の隙間から瞳を覗かせる。
「……それ、は…私の、台詞。ここ……地、元……私の」
切れ切れにぼそぼそとした倒置方で零れる台詞にイライラしながらも、納得せざるを得ない。何しろ、グウの音も出んほどに真実だからである。
宮代には、かつて十もの魔術師の家系が存在しており、その原因が、さきほど言っていた競技にも繋がっているからや。つまり、コイツもここに住む魔術師の一人なんやから。
「つか、お前、ボク等の後を追けてきたんかい。えらいタイミングで現れおって」
「……私は…予約した……先に、もともと……乗った、ら…いた、貴方達」
これまた納得。もともと、コイツが地元に帰ろうとした電車に、ボク等が飛び乗った、と言う事らしい。
「そうだ。刹那ちゃん、もしよければ、一緒に…」「厭」
「被るどころか言いきらないうちに断られた!」
単さんが笑顔で戯言を口に仕掛けた瞬間、すっぱりと告げられた拒否の言葉に悲鳴を上げる。
まあ、この人、基本的に誰かに嫌われたりすることないから、一方的に拒否されるの慣れとらんのよね。しかし、えらい速さと力強い断言やったな。真っ黒黒介にしては。
「せ、刹那ちゃん……もしかしてワタシのこと嫌い? それとも何かワタシ、怒らせるようなことしたかな?」
プルプル震えながらマジ泣き寸前の単さんから、真っ黒黒介はゆっくりと視線を外す。
「……き、らいじゃ…ない。別に……に、がて、なだけ」
「そうなの? じゃあ、よかった。嫌われてなくて」
胸を撫で下ろす単さんを見つつ、「ええんかい、嫌いはダメで苦手とか言われるのは」と心の中で突っ込む。相変わらず、ポジティブすぎる。
「じゃあさ……」「苦手、だから……触られ、るの……」
しかしスキンシップ大好きな単さんが勢いを取り戻して、抱きつこうとした瞬間、胸を隠しながらまたもや一刀両断する真っ黒黒介。単さん何したんや、ホンマ?
ちょっとだけ真っ黒黒介に同情する。
「そう……いうのは、そっちの…断崖、絶壁にして」
「誰のどこが断崖絶壁や! 舐めとんのかジブンは!」
つい先ほど憶えた憐れみをかなぐり捨てて全力で突っ込みを入れると、
「ん~。あのね、刹那ちゃん……ごめん。育てがいってね、あるんだよ」
単さんがそっと目を伏せながら、ボクから目を逸らす。
こ・の・お・ひ・とはぁっ!
怒り心頭でモデル級のナイスバディを誇る馬鹿野郎に詰め寄ろうとしたその瞬間、いつの間にかボク等から安全距離を確保していた真っ黒黒介が声をかける。
「……それ、じゃ、失礼…します。さきに」
振り返った瞬間に軽く頭を下げたのは、恐らくはボク等にではなく、心哉さんに向けてであろう。その証拠にボクや単さんが言葉を返す前に、影のように真っ黒い後ろ姿がゆらゆらふらふら不安定な動きで人混みにまぎれようとしていた。
「刹那ちゃん。また今度、ね」
その後ろ姿に心哉さんが穏やかに声をかけるが、真っ黒黒介は振り返るどころか、立ち止まることもしない。悪目立ちする外見とは裏腹に、薄い存在感故か雑踏と言う人混みの中にあっさりと消えるその背を見送ってから、ボクは心哉さんに視線を戻す。
さて、アイツが居なくなったことで、ようやっと口に出せる台詞。
「んで、一体何でボクはここに呼ばれたんや?」
最も根本的で、最も重要な質問に彼は呆れたように単さんを見る。
「せ、説明しようと思っていたんだよ? 道すがら。でもね、直太君、ずっと寝てたから……」
シュンとした表情をする単さんにむけて、零れる溜息が二つ。
「まあ、ええわ。心哉さん、さっくり頼むわ」
ボクの言葉に頷きつつも、心哉さんは駅の出口を親指で刺しがら
「その前に、移動しないか。ここで話し続けるのもちょっとな」
確かに、仕事の話をこないな場所でするんも倫理的に問題あるな。
おっと、そや。忘れとった。こんなくだらない話を長々しとるのに自己紹介がまだやったな。
ボクの名前は御影直。
この世界において、ありえざる異世界の法則を顕現する無法の異端者。世界に冠たる『傀儡師』の一族の正当なる後継者にして、『影繰り』の二つ名で知られる魔術師。
そして、人を殺してしまったくせにのうのうと生き続けている、最低のくそったれや。