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Wizard Complex  作者: 久遠
第三章 二律背反
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Complex3-1 二律背反1

 今、俺の住む宮代市では一つの噂が流行っている。都市伝説や怪談、七不思議に神話伝承、言い伝え。

 表現には色々あるだろうが、結局のところ、常識では計り知れない現象と認識して貰えば充分だ。

 世界には科学とそれに属した法則だけで成り立っていない。

 俺はそんな世界の住人で、トラブル解決を担う役割を持った人間だ。いわゆる、魔術師と呼称される特殊技能の持ち主だが、それが別に選ばれし者とか、そんな感覚はない。

 それでもこの手の対処にはやはり、専門的な対応が必要だ。

 だから、こうして朝靄の立ちこめる町をジョギングを装って走っている。

 そもそも宮代市は内陸に位置する地方都市で、山間の盆地に近い立地の町だ。季節の変わり目にはこうして朝靄だの、霧だのが発生しやすい。だと言うのに、俺が聞き及んでいる噂が流行ったのは、つい先月のことだった。

 朝靄や霧と中に入り、もう決して会えない相手のことを深い想う。すると、霧の向こうにその人が現れる。

 会話が出来る訳ではない。ただ、その顔を見る事が出来るだけ。けれど、その現象に巡り会ってしまった者は、やはり、会話を温もりを求めてしまう。多くは、近づける事なく思い人は消滅するが、運の悪い者は事故を起こしたり、危険な目に合うこともあった。

 その為、宮代市に住む何人かの魔術師たちで話し合い、俺が解決を引き受けることになった。

 まあ、この件に関しては、この町の魔術師たち全員に責任があるので、誰かがやらなくてはならないのだが。

 それでも、魔を祓う術を持ち、霧を払う風の術を得意とする俺が一番適任だったのは確かなので、誰も文句は言わなかったので、俺としてはありがたかった。

 約1名が意味ありげに口角をつり上げて、しつこく絡んできたけれど、ソイツは今、ロンドンまで宮代市代表として、俺たちが起こした一大事の件でつるし上げられている筈なので、まあ、よしとしよう。

 まあ、そんな訳で俺は朝早くから山道をジョギングしているのだが……どうやら、早速当たりを引いたようだ。

 目指していた交差点の先が朝靄の中に霞み、輪郭が曖昧になる。色を失ってモノクロームの陰影だけの世界が夜明け前特有の仄暗い闇に沈む。

 交差点に辿り着いた時、丁度信号が赤に変わる。この時間では車の流れもないけれど、敢えて脚を止め、数メートル先の見えない世界に目を凝らす。

 霞む世界の先が僅かに揺らぎ、何者かがゆっくりと影を濃くしながら姿を現す。

 純白の白衣に赤い袴。俗にいう巫女装束の少女。

 それは、俺にとって最も逢いたいと願う人。傍に居てくれているけれど、もう二度と会えない、大切な女性(ひと)

 最後に見た時と同じ、少し困ったような、けれど何かを悟ったような、曖昧だけれど、優しい笑みを浮かべている。

「やっぱり、そうだよな。お前は、あの時と同じだよな」

 当然だ。この朝靄は、記憶を再生するだけの鏡に過ぎない。決して、喪ってしまった人と再会を果たすような力はない。けれど、幻は、俺に向かって僅かに何かを囁くように唇を動かす。ソレも、別たれたあの時と同じセリフだ。

 そして、泣き笑いを浮かべて、俺と視線を合わせる。

「そんな顔するなよ。お前が言ったんじゃないか。直ぐに会いに行くから、今はお別れだって」

 俺はそっと右手を肩くらいまで上げて、指を弾く。

 パチンと鋭い音が鳴り響くと、朝靄は揺らぎ、朝日で中にゆっくりと溶けていく。もう、そこに彼女はいない。

 初めから、居もしなかった。

 俺は踵を返すと、山道を下り始める。

 まだ、回っていない場所がある。できるだけ、数を減らしておきたい。

 ああ、そうだ長々と思い出話に付き合わせたのに、名乗っていなかったな。

 俺の名前は当真(とうま)心哉(しんや)

 宮代市で魔術師をしている。

 そして、命を救ってくれた恩人の為に魔術師を志したにも関わらず、好いた女性の為に魔術師を辞めようとしている、どうしようもない愚か者だ。

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