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Wizard Complex  作者: 久遠
第二章 凶つ呪言《まがつまがごと》
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Complex2-7 凶つ呪言6

 薄暗くなりつつある部屋の中。桜井(さくらい)春馬(はるま)を前に、六道(りくどう)刹那(せつな)は自身の持つ赤黒い表紙の魔導書を肩の高さまで掲げ、囁くような声で呪文を口にする。

惨劇(さんげき)(はば)む紅き円環えんかん

 自らの座る場所を中心に発生した紅い輝きを放つ魔法円を、少年は恐れもなく静かな瞳で見つめ、観察する。そして、それが自身にとっては無害であることを正確に認識した後、直ぐ近くの壁に寄りかかるように座り込んだ刹那へと声をかける。

「あの……大丈夫ですか?」

 その問いかけに、少女はほんの僅かに頷く。そしてそれでは依頼人には自分の意図が正確に伝わらないだろうと考え、小さな声で言葉を付け足すことにした。

「問題……ない。のぼせ……た、だけ…ちょっと」

 少しだけ早口に呟いたのは、軽い吐き気を堪えてのことだった。

「はぁ……」

 どうしたものかと思いながら、春馬は再び足元の魔法円を見つめる。

 暫しの時が、無言のまま流れ、その沈黙に耐えかねた春馬は、意を決したように、再度刹那へ話しかける。

「刹那さんって、今どれくらい魔術が使えるんですか?」

 問いかけられた魔術師は、ゆっくりと春馬の方へ首を巡らせると、俯かせていた顔をあげる。春馬の言葉の意味を彼女なりに咀嚼するのに、僅かな間があった。

(命を預ける相手の戦力を知りたがるのは……妥当。そして、それは命を預けざるを得ない者にとって当然の権利でもある)

 刹那はそう判断して、語っても問題ない情報については説明することにした。

「貴方に……見せた、のは…4つ。この魔法円……は、打ち消す……呪詛を…コレ……を入れて」

 その言葉に、春馬は命を救われた時の事を思い返し、彼女が見せた魔術を頭の中で数え直す。

「突風と、あの獣の口みたいやつと……あとひとつは?」

 しかし、記憶にあるのはその二つだけで、後ひとつと言うのが良く解らない。これまでの経験から、彼女が冒頭に『惨劇』と付けて発した言葉が呪文なのだろうと察してはいるが、どれがどれなのかまでは結びついてはいなかった。

「魔術奪取……《惨劇をその身に刻め》」

 その六堂家専用の『言霊』を聞き、春馬は得心が言ったように頷く。

「ああ。ようやく本当の意味で飲み込めました。あの時、僕を狙った魔術を取り込んだから、あの瞬間に色々な事情を理解していたんですね」

 刹那は小さく頷くと膝の上に載せた薄く赤い本を撫でる。その表紙は、まるで太い血管がのたうっているかのように浮き上がる、つぎはぎだらけの不気味な装丁。それはかつて喪われた六堂家の家宝である『魔道書』を、とある魔術具作成者に外見まで含めて完全に複製してもらったモノなのだが、蓄積していた魔術までは再生できるものではない。故に刹那は、再度この魔術書に魔術を蒐集するため、あちこちを巡り歩いている。今回の一件は、ちょうどその帰り道だったという訳だ。

「しかし、一体何故、僕のボディガードをしてくれる気になったのですか? これまでの説明を聞いていると、あの時はともかく、今はそうメリットがあるとは思えないのですが」

 春馬の疑問に、刹那は静かに首を横に振る。

 彼が気付いていないだけで、メリットはあるのだ。それなくして、今の六堂刹那は動かない。

「二つ……理由は、あって……金銭の、こと……。貴、方の……家から、お金がでる。……もう、ひ、とつは……」

 刹那がもう一つの理由を口にしかけた時、唐突に部屋の外から硬質のモノがぶつかり合う、大きな音が響き渡った。それは魔術師同士がぶつかり合う、殺し合い(キリング・ゲーム)の開始の合図。

 刹那は、小さく息を吐き、呼吸を整える。

(私の出番は、この後。織部(おりべ)(ひとえ)と、御影(みかげ)(なお)が相手の居場所を突き止めてから……)

 その瞬間までは、このまま息を潜めておかなければならない。故に、心配そうな顔をする春馬に、刹那は小さく言ってやる。

「心配は……いらない。織部、を殺せるのは……いない。神でも」

 そう、全ては杞憂だ。それを、六道刹那は嫌と言うほど知っている。だから、彼女はただ待つだけでいいのだ。


 そして、それは刹那の予想以上に、単優位に進められていた。

「にっぎりコブシに想いを籠めて、振るうは乙女のど根性~♪」

 軽快すぎる適当な歌詞を歌いながら、広い庭の中心でとある物体と闘っている単を見ながら、直はやや暇そうに隣の忍に声をかける。

「大丈夫かいな(しのぶ)? 何やったら、奥に引っ込んでいてもええで。こっから先はボク等の領分や」

 正直な話、見ていて欲しい光景ではない。同じ教室で授業を受けている人間に、真っ当でない部分を見せてたいと思うほど、直は自分を『特別』だとは思っていないし、寧ろ、忍に対して申し訳ないとすら考えてしまう。先ほど、気にしていない、と言ってはくれたが、学園の高等部に編入して以来、何かと気にかけてくれていた友人に、後ろ暗い秘密があったのは確かだ。

 そして、これが元で嫌われてしまうのではないか、距離を置かれてしまうのではないか、と後ろ向きな考えをを持ってしまう、そんな自分が嫌で堪らなかった。

「大丈夫です。問題ありません。私は直さんもお姉さまも信じていますから」

 とおっとりと笑い返す友人に、それでも直は溜息が出てしまう。

(できたら、今、単さんが相手をしている式神が一番強い奴で、コレで諦めてくれると、ムッチャ助かるんやけど)

 そんな癒合のいい事を願いながら、直は目の前の現実に意識を向け直す。

 両手の指をしっかりと組み合わせた単が、それを単純に振り回すだけで、空気が音を立てて唸る。微風程度の風が頬に当たり、このところ蒸し暑くなり始めた空気を涼しげなものに変える。

「ところで、お姉さまの魔法ってどういうものなのですか? さっきからこう、手を組み合わせたままのように見受けられるんでけど?」

 きっと、英国の某魔法の学園の生徒が活躍する映画みたいな、光や炎が乱舞する光景を期待していたのだろうな、と思いながら肩を竦める。直だって、単みたいな美人が、

「私、実は魔法使いなんです」

 なんて言ったら、キラキラのエフェクトを出しながら変身するか、魔法のバトンからビームを打つのを想像するだろう。何も知らなければ。

「単さん相手に、普通のアニメ的な魔法を期待しとるんなら止めとき。あの人の魔術はたった一つのことしかできひんから」

「一つきりですの? じゃあ、今のお姉さまは魔法を使っていらっしゃらない?」

 忍は眼を見開いて驚きの声を上げるが、直にしてみると慣れっこの質問でもある。少なくとも、面識のない相手をした時に、必ず発せられる類のクエスチョンだ。

「使こうとるよ。ホレ、単さん、両の手の甲を見てみ」

 示されて目を向けた先には、二重の円の内側の縁から三本の細い線のような三角形が飛び出したような紋章だった。

「刺青、とかですか」

 確か、体温の上昇などの条件付けで浮き上がるような種類があったと思うのだが、体育祭などの時にあんなモノがあった記憶がない。

「まあ、似たようなもんやけど、ちょいとちゃう。あれは魔術紋章っていうてな、ある種の魔法の道具みたいなもんや」

 説明しつつ、忍の理解が追い付いているか確認する。頷きが返されたのを見て、直は説明に戻る。

「形や効果は魔術師によってマチマチ。同じ形してても効果が違うなんて、ザラやね。ま、それは置いておいて単さんのは『強化』の魔術式しか使えない、通常の概念では意味のないもんや。何でかっていうと、基本、魔術師っていうのは体内の魔力を利用する事で肉体を強化できるし、ちょっとくらいなら他の物体を強化する事もできる」

「つまり、お姉さまは意味のないものを、わざわざ身につけていらっしゃる、と?」

 正鵠を射た忍の質問に、けれど、直は首を横に振りながら続ける。

「あれはな、特別性なんや。織部って一族が何百年もかけて作り上げた狂気の結晶。手で触れたモノを思うがままに強化するんや。思うがままに、幾らでも強化できる。ぶっちゃければ、単さんは刀を持たせれば、どっかの侍みたいにビルとか真っ二つにできるで」

 そんな芸当、普通の強化魔術ではできない。出来る訳がない。そんな無茶をすれば、刀の方が先に崩壊する。だからこそ、織部の強化は異常で、『魔術』足りえるのだ。

「せやから、あの人をどうこうしたいんなら、両手を組み合わせる前にどうにかせなあかん。ああしてしまった単さんに傷を付けるなんざ、神様でも無理やで」

 その断言の直後、忍が直から単へと視線をもどしたその瞬間、それは起きた。

 単が鎧武者の振るう太刀を避けそこね、胴体のど真ん中に打ち込まれたのだ。瞬き一つの暇さえ許さず、少女の身体が吹き飛ばされ、その直線上にあった石灯籠を砕き、さらにその向こうにあった池へと水飛沫をあげて沈んだ。

 忍が声にならない悲鳴を上げるが、直は冷めた声で彼女の杞憂を否定する。

「心配はいらんで。あの程度」

「で、でも、あんな石灯籠が砕けるような……」

 咄嗟に言い返してくる友人に、このような光景を見慣れている魔術師は面倒そうに付け加える。

「あんな。自動車に跳ねられた人間が吹っ飛んだって、石灯籠は精々、倒れるくらいや。あない粉々に砕け散るようなこと、あると思うか?」

 直の質問に、忍は脳内でその光景を想像し、首を横に振る。

「なんぼ強化してもな、体重は変わらへん。だから、相手の攻撃の重さに耐えかねて吹き飛んだ。それだけや。石灯籠が砕けんたんわ、たんに単さんの方が硬かったからっちゅうだけのことや」

 指差す方向を見れば、池の中から立ちあがる単の姿があった。まるで犬のように全身を震わせて水を切るその身体には、何の不調も見てとれない。唖然として、口をパクパクと開閉する忍に直は苦笑いを向けて、

「ま、せいぜい後でまた風呂でも振舞ってやり。あとは、まあ。服かな」

 と皮肉気に言い捨てた。

 あとは、単が時間を稼いでいる間に、自分のお仕事を進めるだけだ。そしてそれは、直にとってそれほど難しいことではなかった。

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