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Wizard Complex  作者: 久遠
第二章 凶つ呪言《まがつまがごと》
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Complex2-5 凶つ呪言4

 六堂(りくどう)刹那(せつな)にとって、入浴と言う行為は、苦手な部類に入るものである。

 無論、熱い湯の中に身を沈めて温まるという行為や、身体を清潔にするため洗うという事も、嫌いではない。

 嫌いではないが、それにゆっくりと時間をかけるという事に、賛同できないというだけだ。

 かつて、彼女が想いを寄せ、全てを捧げてようと誓っていた男に、恥をかかせない為に最低限、清潔感だけは持たせようと頑張っていたことは、結局、習慣として彼女の生活に定着してしまっている。今回のように、一週間も風呂に入らなかったなんていうことは、実はかなり稀なケースだと言っていい。

「いっやぁ~手足を伸ばして入れるお風呂っていうのは、気持ちいいねぇ。広い浴槽っていいもんだねぇ。はぁ~、びばののって感じだねぇ」

 居間から自分を担いできた、年上の少女の上げる嬉しげな声に、刹那は、そういえばこの人はなぜ一緒に入浴しているだろうと、心の中で首を傾げる。肉体の方を動かすのは面倒なので、微塵も動かす気にはならなかったが。

 そもそも、刹那は他人と接するのが苦手だった。両親が幼いころに亡くなり、ずっと『彼』の保護下にいた刹那は、他人と関わらずに生きていく気楽さを憶えてしまった。それ故、真っ当に会話らしき話をできる人間は、それこそ片手で数えるほどしかいないし、入浴を共にしようとしたのは、せいぜい『彼』の妹くらいだ。だいたい、魔術師が無防備な姿を他の魔術師に晒すなんて、ありえない話しだった。

 それゆえ、こうして鼻歌交じりで気楽に話しかけてくる(ひとえ)には、どうにも得体がしれない『生物』を扱うような気持ちになってしまう。とは言え、全く無視をしてしまおうとは思わせないのが、彼女の人間としての格なのだろうと感じながら、少々引っ掛かった部分を口にする。

「ひ、ろい?」

 改めて周囲を見渡す。木造の室内。良くは知らないが、きっと良いものなのだろう。ふんわりと木の匂いがする。刹那くらいの体格の人間なら、四、五人並んでも余裕のありそうな洗い場。

 自分と単が一緒に浸かっても、あと数人は入れそうな浴槽。

 ここでようやく、肉体の方の首も傾げて見せる。彼女が棲みついている『彼』の家と、たいして変わらない大きさだと思うのだが。

「何故、疑問形? そして思い出したよ。刹那ちゃんがお世話になっているお家も、結構なお金持ちだもんね。そして、このお風呂と同等の大きさのお風呂があると見た!」

 びしっ、と得意気に指を指してくる。指摘は正しいのだが、一体それの何が問題なのか、刹那には理解できない。

「こぉんの、おじょーめー。ってか、そこまでお嬢様なら、いっそウチの学校にでも転校してきちゃいなよ、YOU!」

 突然、背中から抱きついて来て、うりうり~と頬を寄せる単に、鬱陶しいモノを感じて僅かに身を捩るが、相手はものともせずに更に肉体を密着させようとしてくる。

 なんとなく、年頃の少女の持つ潔癖さと、本能がこれ以上の接触は危険だと警報を発し始める。脱衣場で、刹那の髪を纏めてアップにしようとした時もそうだったが、この年上の少女は異常に押しが強い。うっかりすると、反論しないのは了承のサインだとか言ってきそうな雰囲気がある。

 しかし、引き籠り気味のインドア派の刹那が、アクティブで健康的な単に叶うわけもない。それこそ、さっき髪の毛を纏めさせなかった時のストレスが、彼女を過剰に燃えさせているようだった。

「……放し、て」

「よいではないか、よいではないかぁ♡」

 ヒートアップする悪戯に動揺しつつも、それが表情と肉体の動きに連動しない。そもそも、こういった事態に陥った事のない刹那は、どう反応していいのかすら解らない。

「うっわぁ~。刹那ちゃんお肌すべすべぇ。何コレ? スキンケアは何やってるの?」

 ぐいぐいと背中に柔らかいモノが押しあてられる。これは胸なのだろうか。身体を洗う際に触れる自分のそれと比べ、あまりの大きさ、その比重と柔軟性に思考が麻痺する。それ以上に、肌がすべすべでぷにぷにと肌触りがいいのはどっちの方だ、という思いが胸をよぎる。

「何で逃げるの? もしかしてワタシの事嫌い?」「嫌い」

 単の囁きに、刹那は自分の名が持つ意味と同じくらいの速さで答えを返す。

「刹那ちゃんに間を置かずに返された! え? 何、ワタシそこまで嫌われている?」

 本当にショックを受けたような顔をして離れる単に、刹那は安堵の溜息をつきつつ、

「嫌い、なの……は、触ら、れるの……貴方、は解ら…ない、から……良く」

 と正直に内心を漏らす。その答えに単は眼を瞬かせて、首を傾げる。目は口ほどにモノを言うとか、顔を見れば判るとか、態度でバレバレとか、隠し事が全くできないとか言われる事はあるが、良く解らないなんて評されるのはあまりないことだった。

「ええ~? ワタシほど解りやすい人間はいないって、皆言うよ? そんな事言う人って……」

 こんな事を言うのは、強いて言えば、単の想い人と、直を含めても片手で数えるほどだった。

 心の中で彼らを思い出しながら指を折る単を見ながら、刹那は密かに戦慄する。

(五、人…? この人を良く解らないって言う人、そんなにいるの?)

「う~ん。やっぱりそんなにいないよ。たった五人だもん」

 そして単のその答えこそが刹那を本当の意味で固まらせる。何故なら、彼女が知人以上と認識する、友人と呼ぶべき人間が、その数とほぼ同等。しかもその半数は、家族みたいな人間だったからだ。

「……何、人中?」

 単との接触を並べく避けようと考えていたにも関わらず、思わず口をついて出だ質問に、単が眉を寄せながら腕組みをする。

「んんと、友達はねぇ、あとちょっとで三桁いけるんだけど……携帯のアドレスはこの間、三百件に達したよ」

「……貴女が、何を……言って…いるの……か、良く……解ら、ない」

 愕然として思わず口を挟む刹那に、単は心底不思議そうな顔をして、これぐらい普通でしょと困惑した顔をする。それから僅かに表情を切り替えると、

「それより刹那ちゃん。今日のアレ、何?」

 それまでとあまり変わらない、それでいて無言でいる事を許さない威圧感。これまでのどこか弛緩した雰囲気を一掃する単に、刹那は圧倒される。魔術師としての多様性なら、六堂家の方が間違いなく上であるのに、刹那はこの少女に勝てる気がまるでしない。当たり前だった。かつて、この少女は刹那の目の前で神すら退けたことがあるのだ。

 誰よりも魔法使いになりたいのに、それがけっして叶うことのない欠陥品の魔術使い。しかし、そんな事実に折れることなく、奇跡を掴み取る。そんな矛盾を内包する、桁外れの存在に勝てる要素を、心の折れた元魔術師程度が持ち合わせているはずもなかった。

「わざとだよね。直太(なおた)君の影の中にいたの。直太君、滅茶苦茶怒っていたよ」

 単の指摘と視線に、耐えきれなくて目を逸らす。前髪をあげられなくて良かった、と心底思いながらも、答えに窮する。何故なら、あれは刹那なりの直への恭順の意のつもりだったからだ。

御影(みかげ)……(なお)、に……気を…つかった」

 そう答えるだけで精一杯だった。けれど、単はそれだけで許してくれない。

「さっき言ったよね。刹那ちゃんと直太君は仲良くできるって」

 言っていたような気もする。二人の会話には気を使っていたが、そうした『日常的』な話はプライベートなモノとして聞き流していたからだ。

「知っているよね。直太君の事情。刹那ちゃんが調べて、あの人(・・・)に報告したんでしょ」

 頷きたくはないのに、自然と首を縦に振ってしまう。そしてそれは、単への怯えとは別の意味を持つものでもある。

 心地よい湯に浸かっているのにも関わらず、身体が震える。

「直太君もね。同じように、尊敬していた人に言われたらしよ。貴女(きみ)は魔術師としては、最高の才能を持っているけれど、魔術師には向いていないって」

 知っている。そして、その言葉が今も御影直を縛り、苦しめている。誰よりも、自分が信用している人間を、『自分の手で殺した』、刹那と同じ、人殺しの彼女。

 そして、刹那もかつて同じような事を、殺してしまった『彼』に言われた。

 魔術師として、生きる必要はない。静かに、普通の生き方を。

 刹那にとって、全てにも等しかったあの人は、最後にそう言い残した。けれど、彼女はその言葉に従えなかった。

 今再び、魔術を蒐集しているのは、彼女の想いを心を、信念を信じてくれなった、彼への復讐なのだ。

 だから、敢えて死に近い場所に居続ける事を選んだ。今日の行動も、その延長上の事。

 それ故に、魔術師が死に近い場所にいる事を責められる、その理由が解らない。

 何故だか良く解らないが、頭がくらくらする。それどころか、辺りまで揺れているような気がする。

「ちょ、刹那ちゃん? なんか頭が滅茶苦茶揺れてるよ?」

 ああ、良かった。きっと、のぼせただけだ。しかし、こんな死に方は予想外だと、刹那は、ゆっくりと湯船の中に沈みつつ意識を手放した。


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